普遍性をはらんだ問題

上のように書くと本田由紀批判みたく見えるけども実はそうではない。


なぜなら、社会参加なんてする必要がないんだと言えない限り批判としては成立しないからだ。


実際には、多くの支援団体は「ひきこもり→ニート→フリーター」という流れでメニューを組んでいる。それは彼らの思想がそう決定しているのではなくて、ただただ「必要性」から来た方向性である。


「ひきこもり」は時として、働けずに自殺したり、餓死したり、心中したりする。あくまでも「病気」だと社会的に認知をさせずに、社会福祉の対象として構築しないならば、就労の流れに乗せるということが現実的なのだ。


さて、どう表現するのか?


結局の所「ひきこもり」をどう位置づけるかということに尽きるのだろう。