井出草平の研究ノート

なぜ今「格差社会」が説得力を持つか

下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書)

下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書)

自民党とフジテレビが好きな「下流」が増えてるらしい。ということで、三浦展の本でも使われてた「国民生活に関する世論調査」(内閣府)を少しだけ検討。検討するのは、「上」「中」「下」という意識の項目だ*1


下流社会』で三浦は「団塊ジュニアの階層帰属意識が下がってる」(=下流を自認する人が増加)と言っている(97-100ページあたり)。


図1

ああ、確かに「下」がだんだんと増えてるじゃん!このまま行くとヤバイよって話。加えて、三浦的将来の展望まで示される。


図2

これからどんどんと「下」が増えるぞ!と三浦は予言する。


ほんとうにヤバいのか確かめるために、戦後の「景気」と「下」意識についてグラフを作ってみた。

図3

上3つが「不景気」(1979年、1975年、1997年)。
下3つが「好景気」(1969年、1989年、2005年)。

(各年をとった理由は下記に詳述。2005年は好景気とは言い難いが比較のために入れている)


注目すべき所は薄い黄色の「下」の推移。上3つの「不景気」時には「下」が少ない。一方で、下3つの「好景気」時には「下」が多くなっているという傾向がある。つまり、不景気になれば「下」が減る、好景気になれば「下」が増える、ということが読み取れる。


「えっ、逆じゃないの?」と思われるかもしれないが、実はそうなのだ。不景気の時ほど「下」だと答える人はいなくなる。好景気では「下」が増える。


解釈をあえてつけるならば以下のようになるか。

好景気ではテレビや周りでは景気の良い話が出回っているのに、自分の生活は一向に楽にならない。ああ、自分は「下」なんだ。


不景気では社会全体が困窮していのに、自分は割と生きていけているぞ。じゃあ、自分は「下」じゃないのかな。


三浦展は「団塊ジュニアの階層意識がどんどん下がっている」と言っている。しかし、これが言えてしまうのは、94年以前の団塊ジュニアの意識データが存在していないからだ*2。まったくの推測に過ぎないが、94年以前のバブル期の好景気時のデータがあれば、三浦の記述に反した結果になっていたのではないだろうか。つまり、以前の方が団塊ジュニアの「下」がもっと多かったという結果だ。


三浦展のみならず最近は「格差が広がっている」という言説が流布されている。確信を持って近年になって「格差が広がっている」と断定できるデータがちっとも提示されていない気がするが、一方で「格差社会」という言説は説得力を持っているように思える。


なぜ今「格差社会」が説得力を持つか。


それは恐らく現実が深刻なのではなく、まったく逆に、好景気だからなのだろう。「景気と意識変化の関連」について考察してみると、好景気である時(実態)に「下」(意識)が増えてる。


つまり「格差社会」が説得的であるのは、現在の日本が好景気のただ中であるからだ。


そこから、好景気の中での相対的剥奪感という仮説を立てることが出来る。


相対的剥奪」の概念は、社会学においてはR.K.マートンが展開していることで馴染み深い。マートンは、教育レベルの高い兵士ほど昇進をしない場合に不満を持つというような例を挙げている。つまり、「手にはいるはずだったもの」が手に入らないときに、人は剥奪感を味わうというのである。


好景気下では「自分も良い生活」が手に入れられるという期待がうまれる。しかし、一方で、手に入らない現状がある。そのような状況は一段と剥奪感を生み出す。好景気での剥奪感は、周りが不景気で困っている時よりも相対的に増加する。


好景気での相対的剥奪によって、「下」意識が増える。格差は元からあったはずなのだが、相対的剥奪を感じたり、目撃したことによって、「格差社会」という言説が急に説得力を持ちはじめた。このような仮説が立つのではないだろうか。


「国民生活に関する世論調査」(内閣府)の意識調査を使用。
http://www8.cao.go.jp/survey/index-ko.html

対象とした質問文は調査開始時から一貫して以下のものが使われている。

お宅の生活の程度は、世間一般からみて、この中ではどれに入ると思いますか。

計量では「意識」と「実態」を分けて考える*3。そんなに貧乏でもないのに、自分は貧乏だと思ったりということがしばしば起っている。「下」意識が増えたとしても、実態として貧乏になっているわけではない。景気(実態)と下意識(意識)は真逆の関係を取っていたことに典型的。

以下、各年次を取った理由の詳述。数字の単位はパーセント。

2005年
株式市場ではプチバブルが起こりつつある2005年後半から現在に至る好景気。消費者物価指数などを見る限りデフレは改善していないものの、景気はある程度の改善を見せている。


上 9.6
中 54.2
下 32.4

1989年
バブル景気*4と言われ、国民総資産の総額が名目GNPの16倍以上6,858兆円に達した1989年(平成元年)。ウハウハな頃の「意識」はこうなってた。


上 7.2
中 52.1
下 37.3

1969年
いざなぎ景気*5のまっただ中*6


上 8.4
中 56.8
下 31.5

1997年
橋本内閣が消費税を導入(4月)。日本が真の不況へ、翌年からは自殺者が1万人増加する節目の年。


上 11.2
中 57.4
下 28.2

1975年
第一次オイルショックの影響で日本が戦後初めてのマイナス成長をしたのが1974年。ただし景気の谷は1974年ではなく翌年1975年3月。従って1975年を取る。


上 7.8
中 59.4
下 28.7

1979年
1978年のイラン革命を発端に起こった第二次オイルショック。この年1979年にオペックが原油価格を4段階に分け14.5%値上げすることを決定している。第一次オイルショックほどの影響はなかった。

上 9.1
中 60.6
下 27.0

*1:「上」「中の上」「中の中」「中の下」「下」と5つに分けられている。中が3つもあり、どう考えても中が増える調査設計。政治的に「中」意識を増やすために狙ったのだろうが、とっても香ばしい。香ばしいが三浦の主張の精査が目的なので、三浦と同じデータ、同じリコードを用いる。以下で言う「上」とは「上」と「中の上」を加算、「中」とは「中の中」、「下」とは「中の下」と「下」を加算したものである。

*2:それは内閣府のデータが20歳以上を対象としているため

*3:マルクス以降、伝統的に使われている考え方。つまり意識は上部構造で実態が下部構造(土台)に相当する

*4:1986年12月から1991年2月

*5:1965年11月〜1970年7月

*6:1968年以前は9分類で聞かれる年があるため1989年を使用