307. 10 神経性無食欲症 Anorexia Nervosa


関連する特徴および障害

関連する記述的特徴および精神疾患 体重減少が深刻になると,神経性無食欲症の人達の多数は,抑うつ気分,社会的引きこもり,苛立ち,不眠,性的関心の減退などの抑うつ症状を呈する.


神経性無食欲症(拒食症)の随伴症状にも「社会的ひきこもり」が含まれている。


診断的特徴
 神経性無食欲症の基本的特徴は,正常体重の最低限を維持することを拒否し,体重の増加を強く恐れ,自己の身体の形や大きさの認知に重大な障害を呈することである.さらに,初潮後の女性の場合は,無月経となる(食欲の低下はまれであるので,無食欲症というのは誤称である).
 この人達は,年齢と身長に見合った正常体重の最低限に達しない体重を維持している(基準A).神経性無食欲症が小児期や早期青年期に発症した場合には,体重減少の代わりに, (身長の伸びに対して)期待される体重増加がみられないという形にもなりうる.
 基準Aには,どの時点をもってその人を体重不足とするかを決める指針が提供されている.そこでは,年齢と身長に対して正常と考えられる体重(通常,メトロポリタン生命保険表または小児科発達図のいずれかの版を用いて算定される)の85%未満の体重であることとされている.これに代わる, (ICD-10の研究用診断基準で用いられている)やや厳密な指針では,その人の身体・容量指標(BMI)体重kg/身長m2として計算される)が17.5kg/m2またはそれ以下であることが必要とされている.これらの区切りは,臨床家の指針として提唱されたものに過ぎない.というのは,ある年齢と身長のすべての個人に適用できる正常最低限の体重として早一の基準を特定することは合理的ではないからである.正常最低限の体重を決定するには,臨床家は上記のような指針のみでなく,その人の体格と過去の体重も考慮に入れなくてはならない.
 通常,減量は,第1に食物摂取量を減らすことで達成される.この人達は高カロリー食品と考えたものを食事から排除することから始めるが,最終的には非常に制限された食事しかとらなくなり,時にはほんの数種類の食物をとるだけになってしまう.減量の他の手段としては,排出行動(すなわち自己誘発性嘔吐または下剤や利尿剤の誤った使用)や,運動量の増加または過度の運動が含まれる.
 この障害をもつ人は,体重が増えること,あるいは肥満することを強く恐れている(基準B).肥満に対するこうした強い恐怖は,通常,体重が減少しても緩和されない.事実,体重増加への懸念はしばしば,実際の体重が減少し続けているときでさえ強まっていくことがある.
 この人達では,体重と体型の感じ方およびその重要性が歪められている(基準C).自分が全体的に太りすぎていると感じる人もいる.また別の人達は,自分が痩せていることを認めはするが,それでもなお身体のある部分,特に腹部・殿部・大腿が"太りすぎている"ことを気にしている.身体の大きさや重さを見積もるためにさまざまな方法を用いることがあり,例えば,体重を頻繁に計り過ぎる,強迫的に身体の部分を測る, "脂肪"があると思うあたりを鏡でしつこく調べる,などが含まれる.神経性無食欲症を持つ者の自尊心は,体型と体重に負うところが大きい.減量は,すばらしい偉業であり並外れた自己修練の現れであるとみなされ,それに対して,体重増加は受け入れがたい自制心の不足と感じられる.この障害をもつ人の中には自分が痩せていることを認める者もいるが,栄養失調状態の重大な医学的意味に関しては否認するのが典型的である.
 初潮後の女性の場合,無月経(下垂体における卵胞刺激ホルモン[FSH]と黄体化ホルモン[LH]の分泌減少が原因となってエストロゲン分泌が異常に低下することによる)は神経性無食欲症における生理学的機能不全の指標である(基準D).無月経は通常体重減少の結果として起こるが,少数の女性では体重減少に実際に先行することもある.思春期前の人では,この障害のために初潮が遅れることがある.
 こうした人は著しい体重減少が起こった後で(あるいは期待される体重増加が起こらなかった後で),しばしば家族に連れられて専門家の治療を受けにくる.その人自身が助けを求める場合,それは通常飢餓の身体的および心理的後遺症に対する主観的な苦痛のためである.神経性無食欲症の人が体重減少それ自体について訴えることはまれである.神経性無食欲症の人達は,この間題についてしばしば病識を欠いていたり,かなり否認をしたりするので,その人の述べる病歴は信頼できないこともある.したがって,体重減少の度合いやこの疾患の他の特徴を評価するために,両親や他の情報源からの情報が必要となることもしばしばある.


病型

 以下の病型は,現在の神経性無食欲症のエピソード中に,習慣的な無茶喰いまたは排出行動が存在するか否かを特定するために用いることができる.


制限型
 この病型は,体重減少が主として,節食や絶食または過剰な運動によって達成されるものをいう.現在のエピソード中にこの人達は,習慣的な無茶境いや排出行動を行ったことがない.


無茶喰い/排出型この病型は,その人が現在のエピソード中に習慣的な無茶喰いや排出行動(あるいはその両方)を行っている場合をいう.無茶喰いを行う神経性無食欲症の人のほとんどは,自己誘発性嘔吐または下剤・利尿剤・浣腸の誤った使用によって排出も行っている.この病型に含まれる人達の中には,無茶喰いをしないが,少量の食物をとった後で習慣的に排出行動をする者もある.無茶喰い/排出型の人のほとんどは,これらの行動を少なくとも週1回は行うようであるが,最低頻度を特定するために十分な情報は得られていない.


関連する特徴および障害
関連する記述的特徴および精神疾患 体重減少が深刻になると,神経性無食欲症の人達の多数は,抑うつ気分,社会的引きこもり,苛立ち,不眠,性的関心の減退などの抑うつ症状を呈する.このような人達は,大うつ病性障害の基準を満たすような症状を呈するものもある.これらの特徴は,飢餓状態にある人間であれば神経性無食欲症でなくても観察されるものであるため,抑うつ性の特徴の多くは半飢餓の生理学的続発症である可能性もある.したがって,気分障害の症状は,体重が部分的あるいは完全に回復してから再評価されなくてはならない.
 強迫性の特徴は,食物に関係するものでも関係しないものでも,顕著であることが多い.神経性無食欲症の人達のほとんどは,食物に関する思考で頭が一杯になっている.料理法を収集したり食べ物を買いだめしたりする者もいる.他の飢餓に関連する行動を観察すると,食物に関する強迫観念や強迫行為は,栄養の不良により生じたり悪化したりすることが示唆される.神経性無食欲症の人達が,食物,体型,または体重と関連しない強迫観念や強迫行為を呈する場合,強迫性障害の追加診断が妥当であることもある.
 神経性無食欲症にときに随伴する他の特徴には,人前で食べることの心配,効果が上がらぬ感情,自己の周りの環境を支配したいという強い要求,柔軟性のない考え方,限られた社会的自発性,過度に制限された進取性と情緒表出などが含まれる.
 神経性無食欲症,制限型と比較して,無茶境い/排出型の人は,他の衝動制御の問題があったり,アルコールや他の薬物を乱用したり,気分の易変性を示したり,性的に活発だったりする傾向がある.


関連する臨床検査所見
 神経性無食欲症の人達の中には検査上何の異常も示さない者もいるが,半飢餓というこの障害の特徴はほとんどの器官系に影響を及ばし,さまざまな障害を引き起こすことがある.自己誘発性堰吐や下剤,利尿剤,および浣腸の乱用もまた,検査所見の異常をきたす多数の障害を起こしうる.


血液学 白血球数減少や軽度の貧血はよくみられる.血小板数減少はまれである.


生化学 尿素窒素(BUN)の上昇は脱水を表す.高コレステロール血症はよくみられる.肝機能検査値は上昇することがある.低マグネシウム血症,低亜鉛血症,低リン酸血症,および高アミラーゼ血症がときにみられる.誘発性喝吐は代謝性アルカローシス(血漿重炭酸塩の上昇),低クロール血症,および低カリウム血症を生じることがあり,下剤の乱用は代謝性アンドーシスを起こすことがある.血漿サイロキシン(T4)値は通常正常範囲下限であり,トリヨードサイロニン(T3)値は低下している.副腎皮質機能亢進症や種々の神経内分泌負荷試験への異常反応もよくみられるものである.
 女性では,血漿エストロゲン低値が存在するのに対し,男性では血漿テストステロンが低値である.男女とも視床下部--下垂体--性腺系が退行しており,黄体化ホルモン(LH)の24時間の分泌型が,前思春期あるいは思春期に通常みられるような型に類似している.


心電図 洞性徐脈およびまれに不整脈がみられる.


脳波 代謝性脳症を反映する全般的な異常は,体液と電解質の著しい障害による2次的なものである.


脳画像診断 飢餓による2次的な脳室--脳比の増大がしばしばみられる.


安静時エネルギー消費 しばしば著明に低下している.


関連する身体診察所見および一般身体疾患


 神経性無食欲症の徴候や症状の多くは飢餓に起因するものである.無月経に加えて,便秘,腹痛,耐寒性低下,傾眠,および気力過剰といった訴えが認められることもある.身体検査上最も明らかな所見は,るいそうである.著しい低血症,低体温,および皮膚の乾燥がみられることもある.細く柔らかい体毛であるうぶ毛が躯幹部に生えてくる者もいる.神経性無食欲症のほとんどの者が徐脈を呈する.特に体重回復中や下剤や利尿剤の乱用を停止したときに末梢の浮腫がみられる者もいる.まれに,点状出血(過常は四肢)がみられることもあり,出血傾向を示唆する.高カロチン血症に関連した皮膚の黄染を呈する者もいる.唾液腺,特に耳下腺の肥大がみられることもある.嘔吐を誘発する者では歯のエナメル質にびらんが生じることがあるし,喝吐誘発に手を用いるときに歯と接触するため手管に瘢痕や胼胝ができている者もいる.
 神経性無食欲症の半飢餓と,時にそれと関連する排出行動は,重大な一般身体疾患を引き起こすことがある.それには,正色素性正球性貧血,腎機能障害(慢性の脱水と低カリウム血症に関連する),心血管性の問題(重症の低血圧,不整脈),歯科的問題,骨粗軽症(カルシウム摂取量および吸収量の低下,エストロゲン分泌の減少,コルナゾール分泌の増加に起因する)が含まれる.


特有の文化,年齢および性別に関する特徴

 神経性無食欲症は,産業化された社会,すなわち食べ物が豊富にあり,特に女性にとって痩せていることが魅力的とみられる社会で多くみられる.この障害は,おそらく米国,カナダ,ヨーロッパ,オーストラリア,日本,ニュージーランド,および南アフリカで最も多くみられるが,他の文化圏での有病率に関しては系統だった研究がほとんどない.本障害がまれな文化から本陣吾が多い文化への移住者も,痩せた身体への理想像が同化されると神経性無食欲症を発症することがある.文化的要因は,この障害の症状にも影響を及ばすことがある.例えば,文化によっては身体認知の障害が顕著でなく,上腹部の不快感や食物への嫌悪感など,異なった内容が食物制限の動機として表現されることがある.
 神経性無食欲症が思春期の前に始まることはまれであるが,関連する精神的障害の重症度は,この病気を前思春期に発症した場合の方が大きいと示唆されている.しかし,早期青年期(13歳から18歳の間)にこの病気が始まった場合には予後が良いということを示唆するデータもある.神経性無食欲症の90%以上の症例が女性である.


有病率
 青年期後期と成人期早期の女性の有病率の研究によれば,神経性無食欲症のすべての基準を満たす割合は0.5%-1.0%である.この障害の閾値以下の者(すなわち特定不能の摂食障害)はもっと多くみられる.この障害の男性の有病率に関するデータは限られたものしかない.神経性無食欲症の発生率は,最近数十年で増加してきたようである.


経過
神経性無食欲症の発症時の平均年齢は17歳であるが, 14歳と18歳に二峰性のピークがあることを示すデータもある.この障害が40歳以上の女性に発症することはまれである.大学のために実家を経れるなどストレスとなる人生上の出来事に関連して病気が発症することがよくある.神経性無食欲症の経過と転帰は,非常に多様である.神経性無食欲症の人の中には,単一のエピソードの後完全に回復する者もいるし,体重増加とそれに続く再発という動揺する経過型を示す者いるし,長年にわたって慢性的に悪化する経過をたどる者もいる.体重を回復させ体液および電解質平衡を補正するために入院が必要となることもある.神経性無食欲症の長期的死亡率は,大学病院に入院した者では10%以上である.死亡の原因として最も多いのは,飢餓,自殺,および電解質異常である.


家族発現様式
 神経性無食欲症の人の生物学的第一度親族には,本障害の発症率が高い.神経性無食欲症時に,無茶喰い/排出型の人の生物学的第一度親族では,気分障害の危険が増加していることが見いだされている.神経性無食欲症の双生児研究では,二卵性双生児に比べて一卵性双生児の一致率の方が有意に高いということが見いだされている.

鑑別診断
 時に病像が非定型的である場合(病気の発症が40歳以降であるようなとき)には,神経性無食欲症の鑑別診断で,著しい体重減少を起こしうる他の原因を考えるべきである.一般身体疾患(例えば,胃腸疾患,脳腫瘍,潜在性の悪性腫瘍,および後天性免疫不全症候群[AIDS])では著しい体重減少が起こるが,このような障害をもつ者は通常歪んだ身体心像をもたず,さらに体重が減少することを望んでいない.(間歇的な胃幽門閉塞による食後の嘔吐が特徴である)上腸間膜動脈症候群は神経性無食欲症と区別されなくてはならないが,この症候群は時に神経性無食欲症の人でも,るいそうのために発現することがある.大うつ病性障害でも著しい体重減少が起こりうるが,大うつ病性障害の人の大部分は体重減少への過度の願望や体重増加への極端な恐怖をもたないものである.精神分裂病では,奇妙な食行動を呈したり,時として著しい体重減少をきたしたりすることもあるが,神経性無食欲症の診断に必要ときれる体重増加への恐怖や身体心像の障害を示すことは滅多にない.
 神経性無食欲症の特徴のいくつかは,社会恐怖強迫性障害,および身体醜形障害の基準の一部でもある.特に,社会恐怖と同様に,人前で食べることを屈辱的に感じたり恥ずかしく思ったりするし,強迫性障害と同様に,食物に関連する強迫性を示すことがある.また,身体醜形障害と同様に,身体外見の想像上の欠陥に取りつかれていることもある.神経性無食欲症の人が食行動に限定された社会恐怖を有する場合には,社会恐怖の診断は下すべきではないが,食行動に関連しない社会恐怖(例:人前で話すことへの過度の恐怖)が存在しているときには,社会恐怖の追加診断が妥当となる.同様に,強迫性障害の追加診断は,その人が食物に関連しない強迫症状を呈する場合(例:汚染への過度の恐怖)にのみ考慮されるべきであり,身体醜形障害の追加診断は,認知の歪みが身体の形や大きさに関連しない場合(例:鼻が大きすぎるということへのとらわれ)にのみ考慮されるべきである.
 神経性大食症では,その人は無茶喰いエピソードを反復し,体重増加を避けるために不適切な行動(例:自己誘発性嘔吐)をとり,体型と体重に過度の関心をもっている.しかし,無茶喰い/排出型の神経性無食欲症をもつ人とは異なり,神経性大食症の人は体重を正常貴低限の体重以上に維持することができる.


■307.1神経性無食欲症の診断基準
A.年齢と身長に対する正常体重の最低限,またはそれ以上を維持することの拒否(例:期待される体重の85%以下の休重が続くような体重減少:または成長期間中に期待きれる体重増加がなく,期待される体重の85%以下になる).
B.体重が不足している場合でも,体重が増えること,または肥満することに対する強い恐怖.
C.自分の体の重さまたは体形を感じる感じ方の障害;自己評価に対する体重や体型の過剰な影響,または現在の低体重の重大さの否認.

D.初潮後の女性の場合は,無月経.つまり,月経周期が連続して少なくとも3回欠如する(エストロゲンなどのホルモン投与後にのみ月経が起きている場合,その女性は無月経とみなされる).

▼病型を特定せよ:
制限型 現在の神経性無食欲症のエピソード期間中,その人は規則的に無茶喰い,または排出行動(つまり,自己誘発性嘔吐または下剤,利尿剤,または浣腸の誤った使用)を行ったことがない.
無茶喰い/排出型 現在の神経性無食欲症のエピソード期間中,その人は規則的に無茶喰いまたは排出行動(つまり,自己誘発性嘔吐または下剤,利尿剤,または浣腸の誤った使用)を行ったことがある.