井出草平の研究ノート

307.51神経性大食症 Bulimia Nervasa

診断的特徴
 神経性大食症の基本的特徴は,無茶喰いと,体重増加を防ぐための不適切な代償方法にあるさらに,神経性大食症の人の自己評価は,体型と体重の影響を過度に受けている.診断に適合するためには,無茶喰いと不適切な代償行動が,少なくとも3カ月間にわたって平均週2回起こっていなければならない(基準C).
 無茶喰いは,区切られた時間の中で,同様の環境でほとんどの人が食べると思われる量よりも明らかに大量の食物を食べること,と定義される(基準Al).臨床家は,食べることが起こった状況を考えるべきである.----「典型的な食事では過剰だと考えられるものも,祝祭や休日の食事では普通だとみなされるかもしれないからである.“区切られた時間”とは限られた時間のことを言い,通常は2時間未満である.無茶喰いの単一のエピソードは,1つの状況に限られる必要はない.例えば,ある人がレストランで無茶喰いを始め,それから家に帰ってそれを続けるということもある.終日少量の間食を続けるというのは無茶喰いとはみなされない.
 無茶喰いの間に摂取される食物の種類は多様であるが,典型的には,アイスクリームやケーキのような,甘い高カロリーの食物を含んでいる.しかし,無茶喰いの特徴は,炭水化物のような特定の栄養物を渇望することよりは,摂取される食物の量の多さにあるようである.神経性大食症の人達は無茶喰いエピソード中に,神経性大食症でない人達が食事中に摂取するよりも多くのカロリーを摂取するが,蛋白質,脂肪,炭水化物のそれぞれから得られるカロリー分布は似ている.
 神経性大食症の人達は典型的には自分の摂食の問題を恥じており,症状を隠そうとする.無茶喰いは通常秘密裡に,あるいはできる限り人目につかないように行われる.無茶喰いエピソードは,前もって計画されることもそうでないこともあり,通常(しかし常にではない)急速な摂取を特徴とする.無茶喰いはしばしば,その人が気持ち悪くなったり,苦痛にさえなったりするほど満腹になるまで続けられる.無茶喰いは,典型的には,不快な気分状態,対人関係のストレス因子,食事制限後の強い空腹感,または体重,体型,食物に関連した感情などがきっかけとなって起こる.無茶喰いは,一時的には不快気分を和らげるが,その後で軽蔑的な自己批判抑うつ気分が続くことが多い.
 無茶喰いエピソードはまた,制御することができないという感覚を伴う(基準A2).本障害の経過の初期には特に,無茶喰いのあいだ熱狂状態になることがある.中には,無茶喰いエピソード中,あるいはその後の解離性の状態について報告する者もいる.神経性大食症がしばらく持続すると,無茶喰いエピソードには,もはや急性の知御不能感という特徴はなく,むしろ無茶喰いに抗することの困難や,無茶喰いがひとたび始まった後にそれを止めることの困難などの制御障害という行動的特徴があると述べる者もいる.神経性大食症における,無茶喰いと関連した制御障害は絶対的なものではない.例えば,その人は電話が鳴っているあいだも無茶喰いを続けることはあるが,同室者や配偶者が不意に部屋に入ってきたときには無茶喰いをやめたりする.
 神経性大食症のもう1つの本質的な特徴は,体重増加を防ぐために不適切な代償行動を繰り返すということである(基準B).神経性大食症の人の多くが,無茶喰いを代償するためにいくつかの方法を用いている.最もよくある代償方法は,無茶喰いエピソード後の嘔吐の誘発である.この排出という方法は,治療を求めて摂食障害外来を訪れる神経性大食症の人の80%〜90%が行っている.嘔吐の即時的効果は,身体的不快感からの開放と体重増加への恐怖の減少である.場合によっては,嘔吐それ自体が目標となり,その人は吐くために無茶喰いをしたり,少量食べた後にも嘔吐したりするようになる.神経性大食症の人達は,嘔吐を誘発するためにさまざまな方法を用いることがあり,嘔吐反射を刺激するために指や道具を使うこともある.次第に嘔吐誘発に熟練するようになり,最終的には気ままに吐けるようになる.まれに,嘔吐を誘発するために吐根のシロップを使う者もいる.他の排出行動としては/下剤や利尿剤の乱用がある.神経性大食症の人達の約3分の1が,無茶喰いの後に下剤を乱用する.まれに,この障害をもつ人が無茶喰いエピソードの後に浣腸を乱用することがあるか,これが唯一の代償方法として用いられることはほとんどない.
 神経性大食症の人達は,無茶喰いを代償しようとして1日以上の絶食をしたり,過度に運動したりすることがある.運動が過度とみなされるのは,重要な活動を著しく妨げたり,不適切なときや不適切な状況で行われたり,怪我や他の医学的合併症にもかかわらず続けられたりするときである.まれに,この障害をもつ人が体重増加を避けるために甲状腺ホルモンを用いることがある.糖尿病と神経性大食症を合併している人は,無茶喰いの間に摂取される食物の代謝を減らすためにインスリンを省いたり減量したりすることがある.
 神経性大食症の人達は,自己評価をするときに体型と体重を過度に重視するが,これらの要因は,典型的には,自尊心を決定する上で最も重要なものである(基準D).この障害をもつ人達は,体重増加への恐怖,体重減少への願望,身体への不満の程度に関しては,神経性無食欲症の人達によく似ていることがある.しかしながら,神経性無食欲症のエピソード期間中にのみ障害が起こっているときには,神経性大食症の診断を下すべきではない(基準E).


病型
 以下の病型は,無茶喰いを代償するための手段として排出という方法を習慣的に行っているか否かを特定するために用いられる.
排出型:この病型は,現在のエピソードの期間中,その人が定期的に自己誘発性嘔吐をする,または下剤,利尿剤,または涙腺の誤った使用をしている病像を表している.
非排出型:この病型は,現在のエピソードの期間中,その人が,絶食または過剰な運動などの他の不適切な代償的行動を行ったことがあるが,定期的に自己誘発性嘔吐,または下剤,利尿剤,または浣腸の誤った使用はしたことがない病像を表している.


関連する特敬および障害
 関連する記述的特徴および精神疾患 少々痩せていたり肥満したりしていることもあるが,神経性大食症の人達は典型的には正常体重範囲内である.この障害は,中等度あるいは病的に肥満している人にも起こるが,多くはない.神経性大食症の人達は,発症前には同年代の人たちよりも太っていることが多いことが示唆されている.神経性大食症の人達は,典型的には,無茶喰いと無茶喰いの間には,太りやすい食物や無茶喰いのきっかけとなりやすい食物であると感じる食物を避ける一方,総カロリー摂取量を制限し,低カロリー("ダイエット")食品を優先的に選ぶ.
 神経性大食症の人に,抑うつ症状(例:低い自尊心)や気分障害(特に気分変調性障害や大うつ病性障害)がみられる頻度が多い.多数の,またはほとんどの者で,気分障害は神経性大食症の発症と同時に,あるいはそれが発症した後に始まり,しばしば気分障害を神経性大食症のせいにする.しかし,人によっては,明らかに気分障害が神経性大食症の発症に先行していることがある.不安症状(例:社会的状況の恐怖)や不安障害がみられる頻度が高いこともある.これらの気分の障害や不安性の障害は,神経性大食症の有効な治療後にはしばしば寛解する.物質乱用や物質依存,特にアルコールや精神刺激薬は,神経性大食症をもつ者の約3分の1にみられる.精神刺激薬の使用はしばしば,食欲と体重を制御しようとして始まる.おそらく神経性大食症の人達の3分の1から2分の1は, 1つまたはそれ以上の人格障害(最もよくみられるのは境界性人格障害)の基準を満たす人格特徴を有している.
 神経性大食症,排出型,の人では,非排出型の人よりも多くの抑うつ症状がみられ,体型や体重への関心も高いということが,予備的な証拠によって示唆されている.


関連する臨床検査所見 どんな種類の排出行動でも,頻繁に行うと体液や電解質の異常をきたすが,最もよくみられるのが低カリウム血症,低ナトリウム血症,および低クロール血症である.嘔吐による胃酸の喪失は代謝性アルカローンス(血漿重炭酸塩の上昇)を招き,下剤の乱用による頻繁な下痢の誘発は代謝性アンドーシスを起こすことがある.神経性大食症の人の中には,血漿アミラーゼの軽度上昇を呈するものがあるが,これはおそらく唾液型アイソザイムの上昇を反映しているのであろう.
関連する身体診察所見および一般身体疾患 嘔吐を反復すると,最終的に,歯のエナメル質が著しく,そして永久的に失われるが,それは特に,門歯の舌側面に起こる.歯は欠けてぼろぼろに見え, "虫食い状"になる.齲歯の頻度も増加する.人によっては,唾液腺,特に耳下腺の著明な腫大がみられることもある.手で刺激して嘔吐反射を誘発している人は,手背に歯で繰り返し傷つけたことによる胼胝や瘢痕ができることがある.嘔吐誘発のために習慣的に吐根のシロップを用いている者の間では,心筋や骨格筋の重度の筋症が報告されている.
 月経不順や無月経は神経性大食症の女性にときどきみられるが,そのような障害が体重の変動に関連するものか,栄養不足に関連するものか,情緒的ストレスに関連するものかは不明である.慢性的に下剤を乱用する人で,腸の運動を促すためそれに依存するようになることがある.排出行動の結果としての体液や電解質の障害は,時として,医学的に重大な問題を引き起こすほど重症となる.まれではあるが致死的となる可能性のある合併症には,食道裂傷,胃破裂,および不整脈が含まれる.神経性大食症,非排出型,の人と比べて,排出型の人では,体液や電解質の障害のような身体的問題を示すことがはるかに多い.


特有の文化,年齢,および性別に関する特徴
 神経性大食症は,米国,カナダ,ヨーロッパ・オーストラリア,日本,ニュージーランド,南アフリカを含む,工業化されたほとんどの国々でほぼ同様の頻度で起こると報告されている.他の文化圏における神経性大食症の有病率についての研究はほとんどない.米国内の神経性大食症の臨床研究では,この障害を発症する患者は主に白人であるが,他の人種群にも報告されている.
 臨床場面でも一般人口の対象でも,神経性大食症の少なくとも90%は女性である.神経性大食症の男性は神経性大食症の女性よりも病前の肥満率が高いということを示すデータもある.


有病率
 青年および若年成人女性における神経性大食症の有病率は約1〜3%であり,男性におけるこの障害の発生率は,女性の約10分の1である.


経過
 神経性大食症は通常,青年期後期あるいは初期成人期に始まる.無茶喰いはしばしば食事制
限中に,またはそれに続いて始まる.食行動の障害が最低数年間続く例が臨床症例の中で高率
にみられる.経過は慢性または間敵性で,寛解と無茶喰いの再発とが交互に現れる.神経性大
食直の長期的な転帰は不明である.


家族発現様式
 神経性大食症の人の生物学的第一度親族では,神経性大食症,気分障害,物質乱用および物質依存の頻度が高くなっているということを示唆する研究がいくつかある.家族内での肥満傾向が存在することもあるが,はっきりとは確立されていない.

鑑別診断
 神経性無食欲症の期間中にのみ無茶喰い行動が起こる患者は,神経性無食欲症,無茶喰い/排出型,と診断し,神経性大食症の追加診断を下すべきではない.無茶喰いと排出を行い,その特徴がもはや神経性無食欲症,無茶喰い/排出型,の基準を完全に満たさない人の場合(例:体重が正常であったり月経が正常化したりした場合),現時点での最適な診断が,神経性無食欲症,無茶喰い/排出型,部分寛解であるか,神経性大食症であるかは,臨床的に判断すべき問題となる.
 クライネ・レビン症候群のような,神経学的疾患または他の一般身体疾患でも食行動に障害がみられるが,体型や体重への過関心といった神経性大食症に特有の心理的特徴は存在しない.過食は,大うつ病性障害,非定型の特徴を伴うもの,によくみられるが,そのような人は不適切な代償行動をとったり,体型や体重への特徴的な通関心を示したりすることはない.両障害の基準が満たされれば,両方の診断が下されるべきである.無茶喰い行動は,境界性人格障害の定義の一部である衝動的行動の基準に含まれている.両方の障害の基準が完全に満たされれば,両方の診断を下すことができる.


307. 51神経性大食症の診断基準

A.無茶喰いのエピソードの繰り返し.無茶喰いのエピソードは以下の2つによって特徴づけられる.
(l)他とはっきり区別される時間の間に(例: 1日の何時でも2時間以内の問),ほとんどの人が同じような時間に同じような環境で食べる量よりも明らかに多い食物を食べること.
(2)そのエピソードの間は,食べることを制御できないという感覚(例:食べるのをやめることができない,または,何を,またはどれほど多く食べているかを制御できないという感じ).

B.体重の増加を防ぐために不適切な代償行動を繰り返す,例えば,自己誘発性喝吐;下剤,利尿剤,浣腸,またはその他の薬剤の誤った使用;絶食:または過剰な運動.
C.無茶喰いおよび不適切な代償行動はともに,平均して,少なくとも3カ月間にわたって週2回起こっている
D.自己評価は,体型および体重の影響を過剰に受けている
E.障害は,神経性無食欲症のエピソード期間中にのみ起こるものではない.


▼病型を特定せよ:
排出型 現在の神経性大食症のエピソードの期間中,その人は定期的に自己誘発性嘔吐をする,または下剤,利尿剤,または浣腸の誤った使用をする.

非排出型 現在の神経性大食症のエピソードの期間中,その人は,絶食または過剰な運動などの他の不適切な代償行為を行ったことがあるが,定期的に自己誘発性喝吐,または下剤,利尿剤,または浣腸の誤った使用はしたことがない.