斎藤環「ひきこもりと摂食障害」

斎藤環「ひきこもりと摂食障害」(『こころの科学−−特別企画 拒食と過食』日本評論社2003.11、82-7)

まず冒頭で述べたとおり、ひきこもりは過食との関連が深い。少なくとも筆者の経験した範囲で、ひきこもり状態に過食を伴わない拒食のみが合併していた事例は記憶にない。(84頁)


斎藤環は「拒食のみが合併していた事例は記憶にない」と言う。これはきわめて示唆的。ひきこもりに見られる性質は、摂食障害における拒食症ではなく過食症の性質と親和性を持っているということになる。


どう解釈すれば良いか分からない。
関連がありそうなデータとしては、日本の拒食症発症率は欧米より低率なのに、過食症発症率は同水準というものがあった。

ただし、舘の言うように、そこには幼児期の愛情剥奪体験といった外傷体験に起因する葛藤や、母親の放任傾向が顕著であるかと言えば、この点は難しい。少なくとも、ここに掲げた事例については、幼児期の外傷や母親の放任が問題となることは少なかった。(84頁)


外傷体験を持つ摂食障害と外傷体験を持たない摂食障害がある。そのうち、斎藤環は外傷体験がない摂食障害を見ていると判断できる*1


ひきこもりと摂食障害は鏡の関係にあるならば、摂食障害について語ることは、ひきこもりについて語ることになる。しかし、すべての摂食障害とすべてのひきこもりは対応関係を見せない。従って、摂食障害のどの部分を語るかという選択をする必要がある。これからしばらくの課題はその語る部分の腑分けなのだろう。

追記


割と重要な差異について忘れてた。

3.活動性
 拒食症の場合に活動性が高まり、30短以下の低体重であっても、じっとしていられずたえず何かしたり、過度の運動により体重増加を防いでいる人もいます。過食症の人ではこういったことはみられず、むしろ無気力、抑うつ状態で活動性は低下するようです。
(切池信夫『みんなで学ぶ過食と拒食とダイエット』41頁)


活動性において拒食症と過食症には差異がある。拒食状態にありながら、ひきこもり的であるというのは矛盾になるのか?

*1:窓口によってクライアントの性質が変わるという指摘がある(永冨奈津恵)。ひきこもりの権威である斎藤環の所に行くという選択は、斎藤環の診断以前に患者側によって行われている。医者の診断以前の自己診断で斎藤環の外来に来るべき人間が斎藤環の外来に来ているという可能性がある。