生野照子,2003,「摂食障害と自助グループ」『こころの科学』日本評論社,88-93.
そのため発症者や家族は、病気の苦悩をかかえながら治療者や治療機関を探し回らねばならない。そして、やっとたどり着いた病院では、医師から「育て方が悪いから病気になった。なかなか治らない病気だ」などと宣言されることが少なくないのである。発症者や家族は頭をかかえて過去を悔い、自分や家族の欠点を掘り出し、みずから「悪者」や「失敗者」を創り出して苦しむことになる。なぜなら、個別的な原因を指摘されて思い当たらない人や家族はどこにも存在しないからである。当然ながら、本人や家族が欠点を見つけ出して改善することができれば、病気は良いほうに向かうようになる。しかし、だからといって発症の原因が個人や家族にあったとはいい切れないのであり、発症者や家族がエンパワーしたために、解決へと向かったのかもしれないのである。こうした意味で、摂食障害の心理的治療は、極端にいえば、家庭を「ゴミ箱」として原因を投げ込むことで成り立ってきた歴史をもつといえる。しかし発症者が増え、さまざまな家庭が出会うなかで「本当に私たちだけの問題だろうか」と問い返されるようになったのも無理はない。これは、「不登校」 において個別的な原因が指摘される時期を経て、「誰にでも起こりえる状態」とされるようになった経緯と類似しているのである。
- 原因と改善の方法は一致しない(家族の協力で改善するからといって家族は原因とは限らない)
- 家庭を「ゴミ箱」として原因を投げ込むことで成り立ってきた
- 不登校の過程と酷似
大きな要因があると思われる。したがって今後は、摂食障害を専門家だけが抱え込まず、より広い視点と治療設定が必要であることを認識し、発症者が状況に応じて治療法や準拠場所を選択できるようにしていくことが肝要と思われる。
- 専門家だけが抱え込まず多様な受け入れ態勢が必要
摂食障害は、表1に示すように、もともと集団で扱われるにふさわしい問題を多く含んでいる病態である。
自助グループの良い点・悪い点
表1 摂食障害と自助(的)グループ | |
摂食障害にみられる傾向 | 自助(的)グループの利点 |
精神的葛藤や苦悩が多い | 苦境を励まし、互いに思いやり、支えあう |
回復や体重増力ロに対して両価的であり、治ろうとする意欲に欠けたり、投げやりになる | メンバーの励ましによって、前進への意欲を促進・維持する。健康的な態度や体重を維持することの苦しさを語り合い、その時のマイナス思考やネガティヴな感情についてもオープンに話し合い、自己点検する。回復者をみて勇気づけられたり、治療への第一歩を踏み出す |
治療に拒否的、あるいは羞恥を感じて受診しない | グループは、従来の治療システムを迂回した形で援助を与える |
疾患のスティグマがある | 他メンバーを知ることによって軽減し、自己評価の低下を防ぐ |
食べ吐きなどの症状には、羞恥や自責感が伴う | 自己開示や、メンバーの共感によって緩和し、自尊心の低下を防ぎ、回復を目指すことができる |
摂食のコントロールと自己コントロール、体重の増減と自己評価とが結びついている | 他メンバーを見て、自己統制や自己評価に多様な視点や方法があることを実感し、区別する力を増す |
ソーシャルスキル・対人関係技能に乏しく、孤立感が強い | 仲間との交流、モデリングやフィードバックを介して自分のパターンを知り、学習できる。他のメンバーと共に進んでいると感じ、準拠対象を得て孤立感を克服する |
自己評価が低い、無力感、・自分を受け入れられない | 他から支持されたり、自己洞察や援助者役割をすることなどによってエンパワーし、自分を受け入れ、希望を見出し、有能感を培う |
心的外傷をもつ | 表現し、共感され、自己洞察する。他メンバーの経験や解決法を学ぶことで乗り越える |
発症や蔓延に社会要因の関与が大きい | 現代に増えている病気であり、個別的問題だけではないと実感し、社会的影響を検討する |
身体・心理・行動の悪循環が生じる | 病気から生じる問題とそうでない問題とを区別し、他メンバーを観察することで実際的な対処法や予防法を会得する |
女性としての負荷をもつ | メンバーと共にジェンダーの視点から検討し、アイデンティティーの再構築に取り組む |
経過が長期化しやすく、疎外感が強まる | 準拠集団をもつことで、支えられる |
体重増加すると抑うつになり、引きこもり的になりやすい | グループ活動なら行くという場合もあり、メンバーとの交流が外出のきっかけとなる |
回復期の体重増加に耐えることが難しい | 回復・寛解期にメンバーのサポートを得ることで、後戻りを防ぐ。残っている病的思考を表現することで前進への勇気を得る |
万引きなど、衝動性を統御できない行動がみられる | 体験を話し合うことで、症状として考え、対処することができる |
「良い子」タイプの過剰適応が多い | 「きちっとやる」「まじめにする」「正しくする」ことだけが解決法ではないことを知り、不安・恐れ・怒りなどのbad feelingを、排斥されることなく言語化・表現できる |
指摘されている留意点
- 身体症状が無視されたり、医学的な検査や評価を受ける機会を失ったりすると、症状が悪化・遷延することがある。そして、重篤で緊急的な危機状態の治療が難しくなる場合もある。
- グループの考え方に著しい偏りがあると、適切で有効な専門知識を利用する意欲が低下する。また、治療を受けている専門家との信頼が損なわれる場合がある。
- 他のメンバーから誤った情報を学ぶときがある。
- メンバーは互いに苦境をかかえ、精神的に余裕がもてない状態にある。そのため相互の支持が難しくなり、トラブルや競合が生じやすい。また、グループからドロップアウトして自己評価を低下させる場合もある。
- 体重へのこだわりなど、基本的症状を改善することは容易でないので、グループは自分の信念や理想に挑まねばならない場面や状況を避けるようになり、病気から脱却でき難くなる場合がある。
- グループの基盤が不安定であったり、中心的人物の意向に左右されやすいことがある。
- やせを競い合ったり、体重の偽り方や食べ物を憶す方法を教え合ったり、他のメンバーの自己破壊的行動などを見習うなど、マイナスの影響を受けることがある。
- その他、回復の効果・リスク・適用性などが十分に検証されていないこと、グループの考え方や信念が多様であるため参加者の臨床状態や考え方に適したグループであるかどうかに注意を要する、などの点も指摘されている。