久保田幹子・中村敬「拒食と過食の森田療法」

久保田幹子・中村敬「拒食と過食の森田療法」『こころの科学』『こころの科学』日本評論社,47-52.

さらに森田は、こうしたとらわれの機制(悪循環)を生む背後には共通の性格傾向があることに着目した。それが神経質性格である。神経質性格とは、内向的、自己内省的で些細なことにこだわると同時に、完全主義的、負けず嫌いといった性格傾向を指すが、弱力的な側面と強力的な側面の両極を有することから内的葛藤を生じやすい性格と言える。


ひきこもりや摂食障害の当事者に通じる性質。ただ、「神経質性質」はひきこもりや摂食障害の「原因」として捉えるべきということではない。「状態」として「そう」なのだという把握にまずはとどめておくべきである。

こうした摂食障害の「とらわれ」の背後には、完全主義的で自己を過剰にコントロールしようとする構えが存在することが多い。つまり「完全な自分でありたい」という高い自我理想を持つ一方で、現実の自分はそれに到底及ばないといった低い自己評価を持つために、つねに自己不全感にさいなまれ、過剰に自己にとらわれるのである。言い換えれば、最も手近な「身体」をコントロールすることは自己不全感を埋め合わせる試みとも考えられるだろう。


この種の説明は斎藤環氏がひきこもりについてもよく行っている。「自我理想」と「理想自我」の乖離という説明である。


くどくも再記するが、「完全な自分でありたい」ということが「原因」と捉えるべきではなく、神経質性質に陥った時に、そのような欲望が生まれるという把握をすべきである。


ひきこもり状態においては、一発逆転がしばしば計画される。ただ、本人はもとから一発逆転をするギャンラーのようなパーソナリティではなく、現在の自分の状態があまりにもヒドいという認識から、現状を完全に払拭できる状態を望んでいるにすぎない。


未来時制において、素晴らしい状態を仮定すること。このことは、現在の悲惨な自分を幾ばくかは救ってくれる。


完全性への欲望とそのための一発逆転は現状の悲惨さの鏡として捉える必要がある。