鈴木啓嗣「摂食障害と援助の関係について」

鈴木啓嗣,「摂食障害と援助の関係について」,『こころの科学 No.118』2004.11,80-6.


摂食障害に関する論文、そして鈴木が持っている連載の中でも、この「摂食障害と援助の関係について」という論文は突出して質が高い。支援や援助ということを語る時に、おそらくこの論文を外して語ることは出来ないだろう。


支援の場では「近代」のロジックは悲しいほどに無力である。「近代」は「ニーズ」があり、そこに「サービス」が提供されるという構造を前提としている。しかし、そのような構造はギリギリの状況ではあり得ない。

そして私たちは律儀にも(本当は契約などできないほどに食い違っているにもかかわらず)契約らしきものを作り上げ、その線の上で、たとえば体重の増減についてバカバカしくも悲しいやりとりを始めてしまう。

主導権争いの場が患者の身体になったとき、患者が治療者の主導に対抗する手段は、身体を通した反治療的な行動を通してしかあり得なくなる。
治療者の主導が功を奏し、いったん身体的な回復が認められたとしても、治療者にとって回復の証と考えられた身体は、患者にとっては敗北の象徴となってしまう。体重の増加した患者は、それを主導権争いにおける敗北の象徴ととらえ、その穴埋めを目指してより激しい復讐戟を始めるだろう。患者自身の身体に負の刻印づけをしてしまうほど恐ろしいことはあるまい。患者は敗北を避けようとして回復を遠ざける。それがはたして人為的なものでないといい切れるのだろうか。


似たようなことに直面してきた人間にとって、鈴木の言うことは非常にリアリティがあり、私たちが考えなければならない最重要課題の一つだということを断言できる。


しかし、これを他者に説得的に説明するにはどうしたらよいのだろうか。