川端康成は不登校だった

「川端のぼん、学校行こ。」
「いっしょに学校行こ。」
 村の子どもたちがさそいにきました。
「ぼん、みんながさそいにきてくれてるで。はよおきて、学校行きなはれ。」と、おばあさんはふとんに入ったままの康成のところへ行きました。
「おばあさん、頭がいたいねん。」
 顔までふとんをかぶった康成は答えました。おばあさんはしかたなく、村の子どもたちに、先に学校へ行くようにいいました。
 何日もおなじことがつづき、とうとう村の子どもたちがさそいにきても、雨戸をしめきって返事さえしなくなりました。
 村の子どもたちは、やがて、
「康成のなき虫、弱虫。」
「ずる休み。」
「家のなかでままごとしてんのか。」
と口々にいい、雨戸に石を投げつけ、らくがきまでするようになりました。

――大阪府小学校国語科教育研究会編著『大阪の人物ものがたり』97-8頁


そうだったのか・・・


川端康成の最後が自殺だったことが腑に落ちた感じがする。


ちなみに、この人は高校の先輩。