林道義「ウェーバーの生き方と思想」

林道義,1972,「ウェーバーの生き方と思想」,『現代のエスプリ』No.54.


1972年の『現代のエスプリ』。林道義による編集・解説でのウェーバー特集号より。ちなみにこの本は直井優先生の所蔵物岡本先生の所有物からのお裾分け品。

ウェーバーのドイツ・ナショナリズムは終生きわめて強烈であって、あれほどに自己を含めてすべてを冷静に対象化し、あらゆる「主義」を冷然とつきはなして見ることのできたウェーバーも、自己のナショナリズムだけは別であった。


ナショナリズムウェーバーについて林氏はこのような記述をしている。価値自由でいう所の、「価値への自由」に相当する部分か。あえて深読みをすると、林氏の保守っぽいとこけろもこういう状態なのかもしれない。


以下は、Ordnungという言葉についての解説。非常に勉強になった。

 Ordnungということばは、普通「秩序」と訳されるが、そう訳してしまったのではウェーバーの真意はまったく伝えられなくなってしまう。筆者はこれをかつて「定律」と訳したことがあるが (拙訳『理解社会学のカテゴリー』岩波文庫、および拙著『ウェーバー社会学の方法と構想』岩波書店、参照)、その意味は要するに法律や規則といった、形式合理的な規範を総称したものである。したがって、Ordnungsmenschenの意味も、秩序を維持したがる人間といった意味ではなくて、むしろ「規則づくめの人間」とでも訳すべき意味である。つまり、「規則、規則」と、規則がないと何も判断ができなくなってしまい、規則に従っていれば安心しているような、官僚に典型的に見られる人間、ただ自分の専門の分野の規則Ordnungにだけ精通していて、それを守ることだけにきゅうきゅうとしている人間のことである。つまり今日のことばでいえば、管理社会の中の歯車になってしまって、精神を喪失し、ただ「小さい歯車から少しでも大きい歯車になりたい」と考えている人間である。こういう人間を、官僚化された現代社会はあらゆる分野で作り出していく傾向にある。こうした危機意識から、ウェーバーは、そうしたOrdnungsmenschenをはびこらすような傾向に対して、全力をあげて闘いをいどんでいった。