傳田健三「摂食障害の病像の変化」

傳田健三,2003,「摂食障害の病像の変化」,『こころの科学』日本評論社,15-21.


最初の医学的記述とanorexia nervosa(神経性無食欲症)について。

 神経性無食欲症について初めて医学的な記載を行ったのは英国のモートンである。彼は一六八九年に「消耗病」という著書の中で、今日の神経性無食欲症に相当する一八歳の少女を記載している。
 一八七三年、英国のガルは同様の症例報告を行い、本症の臨床像を詳細に記述し、初めてanorexia nervosa(神経性無食欲症)と命名した。


文化的相違(社会変動)による病態の変化について。

 ところが、現在の症例との大きな違いは、過去のどの症例にも、食べないことに対する理由として肥満恐怖ややせ願望といった記載がみられないことである。すなわち、現在の症例にみられる肥満恐怖、やせ願望、ダイエット志向などの症状は、神経性無食欲症に本来備わっていた症状ではなく、現代の社会文化的影響を強く受けたものであると考えることができる。


過去に拒食症と類似する症例があったとしても、現代の拒食症とは時代背景・社会的要因をはじめ、環境が大きく変わっているため、一緒には考えられない、ということか。


以下は、「コモビディティ」(併存症)について。

 コモビディティとは併存症と訳されることが多いが、ある疾患をもつ患者がその疾患の経過中またはその前後に罹患した別の疾患または病態をさし、必ずしも合併症を意味するものではないつまり、原疾患の持続による二次的な障害ばかりをさすものではないが、原疾患と何らかの関連が示唆される障害であることが少なくない。


中井義勝の論文にこういう記述があった。

1980年以後増加しているのは一つにはうつ病性障害、人格障幸、強迫性障害などの関連疾患comorbidityを有する摂食障害である。もう一つは、身体イメージ異常や食行動異常かANやBNとはいえず、健常人と境界不鮮明な摂食障害すなわち特定不能の摂食障害(EDNOS)の増加である。


80年代からコモビディティを有する摂食障害が増えてきた。


以下は、他の依存症との関連について。

(3)物質関連障害
 特に神経性大食症の患者において、アルコール依存症やその他の薬物乱用・依存症が高率に存在すると報告されている。欧米の研究では、神経性大食症患者の二三%がアルコール乱用、二六%がその他の薬物乱用を合併していたと報告されている。神経性大食症と噂癖との関連性を指摘する研究者も少なくない。


やはり、アルコールは定番のようだ。「ひきこもり」もアルコール依存と親和性を持っているように思う。ひきこもり状態はアルコールとの接点を少なくさせるようにも思うが、ひきこもり状態から離脱し、徐々に社会参加するに従って、アルコールや薬物などとのコネクションが生まれ、依存症になっていく傾向があるように思える。


以下は、ブルックについての記述。

一九六〇年代にブルックが提唱した考え方は、神経性無食欲症概念の確立だけでなく、治療論としても記念碑的なものであったと考えられる。彼女は、本症の中核的な問題は、表面にあらわれた食欲や摂食行動の異常ではなく、その背後に隠されたアイデンティティ(自我同一性)の葛藤であるとした。そして、本症の病態の本質として、①自己の身体像(ボディ・イメージ)の障害(極端なやせにもかかわらずまだ太っていると主張する)、②自己の身体内部から発する刺激を正確に知覚し、認知することの障害(空腹、疲労、その他の心身の変化を認めようとせず、強迫的に活動する)、③自己の思考や活動全体に浸透している無力感(拒否的な行動の背後にある主体性の欠如に由来する自己不信)の三つをあげた。


ブルックは食べることではなく、その後ろにあるアイデンティティに注目した。


「ひきこもり」の場合も同様のことが考えられる。


「ひきこもり」は「引き籠もる」という動詞から生まれたものであるため、「部屋に閉じ籠もること」=「ひきこもり」だという認識が広まっているが、部屋に篭もることはあまり重要ではない。朝、家を出て、公園などで時間を潰し、夜になって帰ってくるという当事者もいる。彼は、家族に迷惑をかけるから、家にも居づらく、仕方なく外出をしているのだ。だから、外出しているといっても、外出先で社会的な繋がりがあるわけでもなく、誰かと口をきくわけでもない。


「ひきこもり」というものにとって部屋に閉じ籠もるこはあまり重要ではない。「ひきこもり」というものは、社会からの退却を起こしていること、コミュニケーションから切断されていることをもって判断すべきだと考えられる。


とするならば、「ひきこもり」にとっての「閉じ籠もり」は「摂食障害」の「食べる(吐く)」と同じ位置にあるということになる。