野村佳絵子「摂食障害の概観--既存研究のレヴュー」

野村佳絵子,2005,
「摂食障害の概観--既存研究のレヴュー」
『龍谷大学社会学部紀要』(27),35〜51.


先行研究のレビュー論文。原因追求型として(1)浅野千恵女はなぜやせようとするのか―摂食障害とジェンダー』、(2)圓田浩二*1、(3)加藤まどか『拒食と過食の社会学―交差する現代社会の規範 (現代社会学選書)』があげられている。また、回復型としては(1)Catherine Garrett, Recovery from anorexia Nervosa*2、(2)鎌原利成、(3)中村英代のレビューがなされている。


論文の後半は自助グループの概観がまとめてある。野村氏は自助グループの相互関係を通した「回復型」の理論構築を目指しているとのこと。


嗜癖」(addiction)についての記述がある。

圓田は摂食障害を「嗜癖」ととらえており,圓田以外にも多くの論者がこれまでにも言及しているが(斎藤1993; 清水編 2001など),嗜癖というとらえ方は一面的である。なにを根拠に,アルコール依存症摂食障害が同じ嗜癖として論じることができるのか。すべての摂食障害を「嗜癖」とは断言できないのではないか。したがって,この点については筆者の研究課題の一つとしてあきらかにしていきたい。


摂食障害を「嗜癖」と捉えることへの違和感が表明されている。「すべての摂食障害を「嗜癖」とは断言できない」という反論は社会科学者としてはいただけない*3が、嗜癖というもので摂食障害を捉えることに違和があるのはその通りだと思う。

*1:リンク先に圓田氏が援助交際について話している動画がある。

*2:Recovery from anorexia Nervosa, 1997, a sociological perspective, international journal of Eating Disorders, 21, 261-272. また、GarrettにはBeyond Anorexia: Narrative, Spirituality and Recoveryという著書もある

*3:タバコと肺ガンの例で言えば、すべての喫煙者が肺ガンかからない限り、タバコと肺ガンの因果関係は言及できない、ということになる。科学はすべてのものを説明するものではなく、傾向性を示すだけである。また「嗜癖」というのは認識[=物事を嗜癖という認識枠組みで見る]という位置づけにあるので、反論としては、嗜癖を使った認識枠組での限界と他の認識枠組みの優位を示すのが順当であろう。