井出草平の研究ノート

スウェーデンにおけるレイプ犯罪


先日のエントリに引き続き、chikiさんエントリスウェーデンをディスるコピペに対する疑問。関連のエントリ。今回のエントリではスウェーデンのレイプ犯罪についての詳細を見る。


犯罪統計の国際比較は厄介である。警察が犯人をよく捕まえている国では捕まえた分だけ刑法犯は増えるし、逆に警察が犯人を捕まえられない国だったら、たとえ犯罪が多く発生していても、刑法犯は少なくなる。


また「レイプ」犯罪では被害者が通報しない(できない)という問題もある。レイプは非常に暗数の多い犯罪なのである。


このような前提の上で、スウェーデンのレイプ犯罪統計を見ていきたいと思う。スウェーデンは他のヨーロッパ諸国のレイプ件数の3倍であり、レイプが多い国だとみなされている。




赤がスウェーデンである。他のヨーロッパ諸国と比べて高率であることが読み取れる。


HANNS VON HOFER, Crime Statistics as Construct: The Case of Swedish Rape Statistics, 2000, European Journal on Criminal Policy and Research(PDF)という論文で上げられていたスウェーデンのレイプ犯罪が上昇する原因は以下のようなものだった*1

1.婚姻例外
2.件数カウント
3.未遂もカウント
4.強姦と殺人を同時にすると殺人1+強姦1でカウント
5.「猥褻行為」や「痴漢」もカウント
6.未成年(男女)もカウント


まず、「1.婚姻例外」について。夫婦間の性的暴行をカウントするかどうかという点である。スウェーデンはカウントしているが、例えば、日本はカウントしない*2


他のヨーロッパ諸国はどうか?

1.婚姻例外

Rape Crisis Network Europeが出しているRape: Still a forgotten issue(PDF)という報告書にヨーロッパ諸国のレイプ関係の法改正が載っている。


この報告書の対象国である28カ国中、婚姻例外が適応されない(=夫婦間の性的暴行が犯罪になる)国は12カ国オーストリア(1989)、キプロス(1994)、イングランドウェールズ(1993/7)、ドイツ(1997)、ハンガリー(1997)、アイルランド(1981)、マケドニア(1997)、スコットランド(1989)、スロベニア(1995)、スペイン(1989)、スイス(1992)、そしてスウェーデン(1992)である*3


ヨーロッパの約半分は婚姻を例外とせず、夫婦でも犯罪になることになっている。この点に関して、スウェーデンが特に厳しい法律を採用している訳ではないということが分かる。


また報告書では「起訴」の段階でスウェーデンには3つの妨害要因があると指摘されている。

1.被害者側に立証責任がある、
3.被害者側が申し立て取り下げをすると起訴できない
2.レイプ被害者を最初に保護したり、その後のサポートをする機関がない


報告書では16項目の阻害要因が書かれているが、阻害要因数を加算して順番に並べると以下のようになる。

5項目……ハンガリー
4項目……スペイン
3項目……スウェーデンチェコスロベニアイングランドウェールズ、ドイツ
2項目……フィンランドアイスランドポルトガル、ベルギーアイルランド
1項目……キプロス、スイス、ルーマニアラトビア、マルタ


スウェーデンは3つの妨害要因が報告されている。スウェーデンがレイプを多く起訴できる環境にあるかというと、この資料の範囲ではそうではないようである。スウェーデンにはレイプ被害をサポートする機関がないという指摘は犯罪を暗数化させている要素として強いように思われる。

2.件数カウント

犯罪者数カウントではなく件数カウントを採用しているのは珍しい訳ではない。むしろ世界的に犯罪者数カウントをしている国は例外である。このことはUNの報告書(PDF)で確認できる。ちなみに、日本も件数カウントである。

3.未遂もカウント
5.「猥褻行為」や「痴漢」もカウント
6.未成年(男女)もカウント

3と5と6に関しては、スウェーデンの公式犯罪統計Kriminalstatistik 2004に数字を確認することが出来る。



いわゆる「レイプ」は赤字で示している。未遂と既遂の区別、レイプとレイプ以外の区別、15歳での区別がなされているので、「1824件」という数字がいわゆる「レイプ」であると分かる*4


5.強姦と殺人を同時にすると殺人1+強姦1でカウント


最後に残った多重カウントの件である。2004年レイプ(未遂・未成年込み)で起訴された刑法犯は406人。そのうち主罪*5がレイプ(未遂・未成年込み)だったものは153人。つまり253人が別の犯罪が主罪であったということである*6


さて、以上のことを踏まえて、統計の再計算をやってみると、次のようになる。


2,631件(総計)−479件(未成年)−328件(未遂)−175件(多重カウント)=1649件


この「1649件」という数字が、スウェーデンでの成人に対して、レイプのみがなされ、既遂されたものの件数になる。スウェーデンの人口は904万7752人なので、このカウント方での犯罪率は(10万人あたりのレイプ件数)は18.23になる。

日本との比較


表 日本とスウェーデンのカウント数の比較


日本とスウェーデンのカウント方法が違うのは以下の3点

  1. 婚姻例外
  2. 未成年のカウント
  3. 性別
  1. 日本での婚姻関係での性的暴力を示すデータがないので除算できない。
  2. 未成年へのレイプ件数はスウェーデンの統計に数字があるので除算できる。
  3. スウェーデンの統計でレイプ被害者の性別が公開されていないので、比較は難しいが、2004年度はレイプの刑法犯は男性319人に対して女性1人であり、スウェーデンで対男性のレイプが多いというわけではない。無視しても特に問題はないと考えられる。


従って日本とスウェーデンの比較をする場合には2つの保留が必要である。

  1. 両国の暗数の割合に関しては不明であり、認知件数の比較しかできない
  2. スウェーデンのレイプ数は婚姻関係が押し上げている

この2つの保留を考慮に入れて両国のデータを比較すると以下のようになる。



2004年次で比較すると、日本1.77に対して、スウェーデン23.78なので、スウェーデンは日本の13.8倍のレイプ認知件数があるということになる。


ただし、13.8倍という数字は実際に13.8倍のレイプが行われているということを意味しない。日本とスウェーデンのどちらが暗数が多いのかということが分からないため、犯罪の届け出があった認知件数の比較であり、また、スウェーデンには夫婦間のレイプもカウントされていることを考慮に入れる必要がある。

*1:第三者届出を区別しているスウェーデン統計資料は見つからなかった

*2:刑法177条の強姦罪に婚姻例外の記載がある訳ではないが、判例上夫婦間の性的暴行は例外として犯罪とならない

*3:括弧内は法改正年

*4:なおHANNS VON HOFERが犯罪が論文で使用しているスウェーデンのレイプ件数の数字は未遂と未成年への性的虐待が含まれた数字であり、性的いたずらや性的行為の強要は含まれていない。このことはHOFER論文とKriminalstatistik 2004,Reprted offences, 1950-2004[xls]を比較すると了解できる。

*5:principal offenceの訳。「主犯」という訳があるようだが、主犯はoffenceではなくoffenderであり別概念である。ヨーロッパでは22カ国が主罪でのカウントをしており、多重カウントをしていないとHOFER論文にはある

*6:15歳以上へのレイプとして起訴されたのは328人である。主罪の方の数値は不明。計算には328-153=175件を使う。