摂食障害の死亡率


うちのブログのエントリmacskaさんのコメントくぼりえさんの不定期日記macskaさんのエントリNATROMさんのエントリと流れて行っていったプロアナと摂食障害の死亡率の話に関連して、日本に限定した死亡率のエントリ。

  1. プロアナの本質は見た目に反してむしろ治療的なところがある(これはいずれエントリを)
  2. 個人的にプロアナを支持をしている訳ではない(否定もしないが)
  3. プロアナがあるから摂食障害で死者が出るのではない。プロアナがなくても摂食障害で死者は出る。プロアナによって死亡率が高まった場合に「死ぬかもしれない」は批判の論拠とするべき


プロアナとの関連に関しては、この3つを確認した上で、プロアナから離れて、以下は摂食障害の死亡率について。


DSM-IVには以下のような文章がある。

神経性無食欲症の長期的死亡率は,大学病院に入院した者では10%以上である.死亡の原因として最も多いのは,飢餓,自殺,および電解質異常である.


死亡率10%なり9%なりの根拠とされる記述だが、これは死亡率ではなく、入院が必要なくらいの重症者の中での死亡率である。患者全体からみると死亡率ももっと低くなるはずである。


死亡者の数というのはそれなりに実数に近い数を見つけてくることが可能だ。しかし、患者数で割るのが不可能に近いということを留意しておく必要がある。つまり、摂食障害の患者すべてが病院に通っているわけではなく多くの当事者は通院をしていない。


死亡率に関しての生野照子氏の発言。

ただ問題は、死亡率が7%という精神科疾患にしては異常に高い死亡率と、体に残ってしまう合併症。危険な山なんです。
http://www.nhk.or.jp/fnet/arch/tue/40615.html


生野氏によると死亡率は7%。この数字の根拠は以下の調査の結果ではないかと思われる*1

高木洲一郎ほか,2001,
「予後調査小委員会報告」,
『摂食障害の治療状況・予後等に関する調査研究』平成13年度研究報告書.

全快47%、部分回復10%、摂食障害36%、死亡7%であった。予後予測因子はComorbidity、社会関係が重要であった.


この調査は以下のような概要でおこなれている。

 予後調査小委員会は、身体面、食行動のみでなく対人関係、社会関係、Comorbidityをも評価し、予後判定基準を明確にしたシンプルな摂食障害転帰調査表を作成した。この調査表で全国6施設協力のもと初診後4〜10年軽過した摂食障害504例につき転帰調査を行った。


安定して同じ病院に通院している当事者が対象となった調査である。これは入院患者に限定した調査ではないが、あくまでも当事者全体に対する死亡率ではなく、通院者(大規模施設)に対する死亡率である。


では、死亡者の全体数はどれくらいなのか。

稲葉裕,1984,
「疫学について」
『厚生省特定疾患神経性食欲不振症調査研究班 昭和59年度研究報告書』

 まず死亡率ですが,これは厚生省から毎年発行されております「人口動態統計」(下巻)に,かなり詳しく掲載されています。(中略)
 男性がかなり多いこと,表では示しませんが,年齢分布(「307」としてのみ掲載してある)をみますと,30歳以上のものが過半数を占めることをどから,この研究班の診断基準と合致する典型例はさらに少なくなるものと考えられます。死亡統計から患者数を推定するには,さらに,この疾患での死亡者がどれくらいいるか?(致命率),死亡者中,この病名を死因とするものがどれくらいか?などを調査する必要があります。


人口動態統計に目安になる数字が載っているようだ*2


平成16年度 人口動態統計の下巻「3C 下巻 死亡  第1表−2 死亡数,性・死因(死因基本分類)別」表から該当箇所を抜き出してみた。


F50   摂食障害 70 185
F50.0   神経性無食欲症 29 94
F50.1   非定型神経性無食欲症 - -
F50.2   神経性大食症 - -
F50.3   非定型神経性大食症 - -
F50.4   その他の心理的障害に関連した過食 - 1
F50.5   その他の心理的障害に関連した嘔吐 - -
F50.8   その他の摂食障害 - 1
F50.9   摂食障害,詳細不明 41 89
平成16年度 人口動態統計


稲葉の指摘と同じものが平成16年度の統計にも見られる。特に男性死亡者が多いのが理解し難い。どの疫学調査でも女性が90%以上という結果が出る。死亡者だけ、男性の方が多いのは、男性は死にやすいのか、統計の取り方に問題があるのか、ここで摂食障害と定義されているものがブレているのか。理由はよく分からない。


追記稲葉の指摘によると1984年のデータでは「30歳以上のものが過半数を占める」とのことなので、この数字をそのまま受け取ってしまうのは「年齢」という観点からしても疑問の余地がある。もしかしたら摂食障害とは関係のない「餓死」などが含まれているのかもしれない。摂食障害とは関係のなものが含まれているというのはおそらく確実であるが、それが何なのかということは推測するしかない。もし、摂食障害とは関係のないものが含まれているならば、男性が異常に多いということも説明がつく。


さて、先ほどの高木論文と同じ報告書にある別の調査*3での内訳を見てみよう。

中井義勝,2001,
「摂食障害患者の治療状況、予後等に関する調査研究」
『摂食障害の治療状況・予後等に関する調査研究』平成13年度研究報告書.

正常になった割合はANR98例中62例(63%). ANBP39例中11例(28%)、BNP56例中31例(55%)、BNNP30例中19例(63%)、 EDNOS11例中7例(64%)であった.一方死亡は、 ANR[拒食無排出]3例(3%)、ANBP[拒食排出]11例(28%)、BNP[過食排出]1例(2%)、BNNP[過食非排出]2例(7%)であった.死因は, ANBP1例、BNP1例、 BNNP2例が自殺.残り13例は栄養失調による病死であった。([]内は筆者注)


カッコ内のパーセントは、例えばANR[拒食無排出]の場合だと、98例の中で死亡したのが3例なので3%という意味になる。注目すべきはパージング(排出型)の死亡率である。一般にパージングする型(過食嘔吐など)よりも、食べない吐かないといった型の方が死亡率が高いという記述が多い。しかしこの疫学調査の結果では逆である。そして、特にANBP(拒食無茶喰い排出)の死亡率が28%とびっくりするほど高い。


上記のICD-10の診断基準だと、ANR[拒食無排出]とANBP[拒食排出]は同じ「F50.0神経性無食欲症」に含まれるので、この拒食症の当事者がどちらかというと死にやすいという傾向のみは一致している。(性別に関しては一致していない)



死亡率を計算するには、今ところ、厚生労働省の人口動態の数値を疫学調査の「患者推定値」で割るのが良いのではないかと思う。(男性が3分の1という不思議な数字だが)


病院に通院している患者数の推移だが、1998年調査で激増をするという振る舞いをしている。1993年の患者数は疑診込で5000(確診のみで2561)だったものが*41998年には約2万4000人まで増加している。


1998年の人口動態によると摂食障害による死者は164人(男51女113)。1998年調査での摂食障害の推定患者数は約2万4000人。


この数値で計算を行うと683.3人(10万人あたり)という数値が出てくる。この数値は「患者」の何%が死亡しているかという確率ではなく、1998年に「患者」のうち何%が死亡したかという確率である。


10万人あたりの数字を%表記にすると0.68%という数字になる。この数字と7%という数字を直接比較は出来ないが、一般的に言われている数字よりもかなり低いことは確認できよう。


さて、一般の死亡率との比較だが、人口動態から同じ年である1998年から見てみよう。年齢階級別に10万人あたりの死亡率示すと以下のようになる。



1998年(男女・10万人あたり)
年齢 死亡率
15〜19 37.1
20〜24 49.7
25〜29 52.4
30〜34 65.2
35〜39 90.6


一般の死亡率は40〜90(10万人あたり)の範囲にある。それに比べて、摂食障害は683.3人(10万人あたり)であるので、摂食障害の死亡率は一般(15-39歳)の死亡率の10倍ほどであることがわかる。


今手元にあるデータでは、同年代の一般の死亡率よりは摂食障害の死亡率は10倍ほど高くなると計算できる。一般的な死亡率よりはかなり高いが、一般的に言われている死亡率7〜10%という数字よりはかなり低いということが分かった。


留意すべき事項は、(1)人口動態の数字の内訳に疑問の余地がある(2)通院をしている患者数で割っているので、摂食障害の状態にある当事者の数で割ると死亡率は低下する、という2点である。

*1:他に7%という結果が出ている調査もある

*2:ちなみに、この論文が書かれた1984年の分類と現在の分類は異なっている。現在はWHOのICD-10と同じ分類が採用されている。

*3:「要旨「摂食障害の始点状況と予後を検村した.実態調査と病院受診患者を分析の始果. 最近増加している過食症や非定型は、拒食症よりさらに病院を受診していない。身体面・心理面のみでなく対人抑係.社会関係、comorbidityを評価する転帰調査表を作成した. 4-10年経過した摂食障害234例中完全治癒率56%、死亡率7%であった.拒食症むちや食い/排出型は転帰が悪かった.予後予測因子を検討した結果、拒食症と過食症いずれも社会適応性が重要であった。」

*4:「女子の報告患者数から計算した推定患者数を女子10万対でみると食欲不振症の確診数が4.9、確診・疑診・どちらか不明を併せると 9.5であった。10〜29歳の女子の報告数は2,342であったので女子の報告数に対する割合で推定患者数を算出した。10−29歳の女子の人口10万に対し、食欲不振症確診数は14.8、過食症は6.7、合計28.8であった。昭和60年に行われた調査結果a)では推定患者数が3.500〜4.500人、人口10万対2.91〜3.74、15−29歳の女子の推定有病率は人口10万対22.1〜28.7であった。この時の調査では過食症を含んでいなかったので今回の確診・疑診・不明を合わせた食欲不振症推定数(4.459人)と比べると、やや増えてはいるものの、顕著な増加とは言えない。」稲葉裕,「神経性食欲不振症の全国調査の解析(1993年)」『厚生省特定疾患 神経性食欲不振症調査研究班 平成5年度研究報告書』.