井出草平の研究ノート

吉田友子「高機能自閉症とアスペルガー症候群」

吉田友子,
「高機能自閉症アスペルガー症候群--臨床家のための概念整理」
『医学のあゆみ』 217(10),984〜989,2006/6/3.


アスペルガー症候群の概念整理の論文。非常に勉強になる。

日本では,カナー症候群といえば中重度の知能障害を合併した自閉症のみを指すような用いられ方がときになされる.カナー症候群に関する公式な定義はないが,Knner自身の記載からも直弟子の児童精神科医である牧田清志による"カナー症候群"の記載からも,この用語を知能障害の有無で裁定ざれるものとして取り扱うことは不適切であろう.カナー症候群とは自閉症状が典型的に示されている症例を指して用いるべきである.


カナー症候群は中程度の知的障害の自閉症を指す言葉ではなく、自閉症状の中核群であるという指摘。

Wingは当初からカナー症候群とアスペルガー症候群の連続性を強く革識していた.1997年の追記では「両者の特徴は多分に重複している」「多くの人が両方の特徴を合わせもっそいる」と書かれており,ASという用語であらたな臨床単位を提唱し、ているのではないことを明確にしている.
WingとGouldは1979年のキャンパーウェル研究で,遅滞を伴う子どもたちのなかにKannerの記載に合致しないために自閉症サービスから漏れてしまう子どもたちがいることを疫学調査から明らかにした.これは後の自閉症スペクトラム概念へと続く重要論文もある。


ウィングはスペクトラム概念を当初から志向していたとの指摘。ウィングの概念の特徴を以下に書き出し。

AS (Wing)の基本的事項を以下に列挙する.
①Kanner症候群(カナータイプ)もAsperger症候群(アスペルガータイプ)も本質的特質として"3つ組"を有しており,いずれも自閉症スペクトラムである.
②幼児期にカナータイプであった子どもが長じるにつれAspergerの記載に酷似した状態像(ASとしかいいようのない状態像)を呈するようになることはしばしば経験される.そのような経過をたどる子どもを移行の途中で診察すれば,その子どもはカナータイプともアスペルガータイプとも分類しきれない状態像を呈している.そうした移行途中にある子どもを診察することは,一定数以上の子どもたちを幼児期早期から6カ月間以上の診察間隔をあけずに継続的に10年以上フォローを行っている臨床家にとってはごくありふれた経験である.こうした縦断的臨床経験が,カナータイプとアスペルガータイプは明確に区分できないという事実を教えてくれる.
③"3つ組"を基本的特質として有する者のなかに,経過を通じてKannerの記述にもAspergerの記述にもぴったりとはあてはまちない症例が存在することに気づく.それらの症例はカナータイプともアスペルガータイプとも分類できないが,自閉症スペクトラムである.詳細な診察に基づく横断的臨床経験もまた両者を明確に区分することはできないという事実を教えてくれる.
④"3つ組"をもっていれば対応の原則や予後(将来の困難のあり方)は共通する.これを"自閉症のこの子どもとASのあの子どもに同じ指導をすればいいという主張"だと誤解してはいけない.具体的な支援プランは合併する知能障害や多動・不注意その他の並存症状,環境などによって個々に異なる.自閉症スペクトラムの子どもたちのグループ指導を行った経験のある治療者であれば,自閉症スペクトラムの子どもたちはグルーピングさえ適切なら共通の指導プランが立てられるが,適切なグルーピングはDSM/ICD診断での自閉症かASかだけではとうてい行えず,多動の有無や知能状況,自信喪失や被害約言動などの有無などの要因が大きいことを実感として知っている.
⑤つまり,カナータイプかアスペルガータイプかということはその時点の状態像を正確に理解(記述)するために活用すべき用語であって, WingのASは固定した臨床単位ではない.
アスペルガータイプの状態像を呈する子どもは結果として明確な知能障害を伴っていないことが多いが,何割か(Wingは2割と報告)の子どもたちは知能障害を伴っている.これはカナータイプの子どもたちが,結果的に知能障害を伴うことが多いのと同様のことである.
⑦カナータイプとアスペルガータイプに何らかの生物学的基盤の違いが存在する可能性を著者は否定しない.それは遅滞を伴う自閉症高機能自閉症には中枢神経系の生物学的状況に違いが想定されることと同様である.そのことと臨床単位をして両者が独立であることとは別の事柄である.


先日のエントリでウィングがアスペルガーの論文を発見したことを後悔したこと、スペクトラムと疾患概念は共存しにくいということと符合する。

著者は自分の臨床にDSMやICDを用いない.
なぜなら著者が専門とする発達障害に関してそれらはあまりに未成熟で,臨床に用いた場合のデメリットが明らかにメリットを上まわるからである.たとえば, DSM-IVではアスペルガー障害の診断基準には認知の発達に遅れがないことが必要条件としてあげられている.つまりAspergerの記述にそっくりな状態像を示す子どもがいたとしても軽度精神遅滞を伴っていたらアスペルガ一障害とは診断ざれず,症状項目がアスペルガ一障害の基準に合致する(自閉性障害には合致しない)症例の場合にはPDDNOS特定不能の広汎性発達障害)と診断されることになる.ところが,診断基準を修正せずに本文だけ改定したDSM-IV-TR(2000)では, 「自閉性障害と対照的に,アスペルガ一障害では精神遅滞は-一般的にみられない,しかしときどき,軽度精神遅滞のある症例が認められている(例:明らかな認知・言語的遅れは生後1年間みられなかったが,精神遅滞が学齢期になってはじめて明らかになる場合)」という,DSM-IVには存在しなかった一文が書き加えられた. DSM-IV-TRでは診断基準は修正されていないので,本文の記載との間に矛盾を生じているが,かりに本文記載に従えば,乳幼児健診精度の高い地域で育った子どもは3歳で軽度精神遅滞が発見されてしまうからアスペルガー障害ではなくPDDNOSで,健診精度の低い地域で育った子どもはアスペルガ一障害と診断されることになる.これはおかしい.


DSM診断基準への懐疑。splitの弊害というよりも統計的な確証がまだsplitを精緻化しきれていないのだろう。