井出草平の研究ノート

地域疫学調査で把握された「ひきこもり」例の診断について

川上憲人・立森久照・三宅由子,
「地域疫学調査で把握された「ひきこもり」例の診断について」
『平成17年度「こころの健康についての疫学調査に関する研究」報告書』
http://www.ncnp-k.go.jp/dkeikaku/epi/Reports/H17WMHJR/H17WMHJR07.pdf(PDF)


2003年調査の追跡調査。2003年度調査でひきこもり経験があると答えた人の精神医学的診断をした論文。
(参考:2003年調査「地域疫学調査による「ひきこもり」の実態調査」PDF])


ひきこもり「○○万人」といった数はよく聞くが、その内実が示されることは希である。
発達障害によるひきこもりがどれくらい含まれるのか、精神障害の二次的症状としてのひきこもり*1がどのくらい含まれるのかということを考察する必要があるが、この資料はそのめの重要な資料になる。


この資料の結論はこのようになってる。

「ひきこもり」は必ずしも精神医学的な異常を伴うわけではない。「ひきこもり」の時の診断名としては,不安障害とうつ病エピソードであり,背景に恐怖症を伴うことも少なくないが,それだけで「ひきこもり」が説明できるわけではない。


DSMなどの診断マニュアルで診断できない「ひきこもり」がいるらしい。今回は14人中5人、約36%である。これは、診断がついた「ひきこもり」と同数である。また、診断がついたからと言って、精神障害の二次症状として起こっているとは限らない。不登校になって、心身症鬱病になり、ひきこもるということも良くあることだからだ。

2.「ひきこもり」経験あるものの精神障害診断
 ひきこもりの年齢で社会恐怖症の診断がついたものが2人,大うつ病エピソードの診断がついたものが1人,中等症うつ病エピソードの診断がついたものl人,全般性不安障害の診断がついたものが1人であった。この5人のうち3人は,小さい頃からの特定の恐怖症をもっていた。この3人のうちのひとりは現在40歳代であるが,小児期からの特定の恐怖症が最近まで存在し現在もひきこもりの状態であると答えており,ひきこもりの始まった20歳台には中等症のうつ病エピソードありと診断されている。その他の40歳台のひきこもり例では,ひきこもりのあった年齢の後に中等症うつ病エピソードがあったもの,および20歳台でアルコール乱用のあったものがそれぞれ1人ずつであった。また社会恐怖症の生涯診断はついているもののひきこもりであった年齢時には症状がなかったものが1人,気分変調症があるがひきこもりとの関連が不明のもの1人,まったく精神障害診断のつかないものが5人であった。


14人のうち5人が精神障害の診断がついている。約36%である。
また、そのうち1人はアルコール乱用が20代で現れている。「ひきこもり」から「アルコール依存症」への移行は何度か指摘されているが、今後、長期化が進むに連れて、非常に重要なトピックになっていくことは間違いない。

 一方,生涯診断がまったくつかないものも5人であった。現年齢は20歳台前半から30歳台前半まで1人ずつ,40歳台前半と後半が1人ずつとばらばらであり,ひきこもりを体験した年齢は10歳台前半から20歳台後半が1人ずつ,40歳台前半が1人とこれもばらついていた。


D.考察
 「ひきこもり」体験のあるもののうち,その体験のあった当時に精神医学的診断のつくものは半数以下であり,生涯診断としてもまったく診断をもたないものも同数あった。すなわち,「ひきこもり」は必ずしも精神医学的な異常を伴うわけではない。「ひきこもり」の時の診断名としては,不安障害とうつ病エピソードであり,背景に恐怖症を伴うことも少なくないが,それだけで「ひきこもり」が説明できるわけではない。まだ例数が少ないので,診断が年齢などに影響されるか否かを検討することは難しい。診断のつくものとつかないものを比較しても,大きな特徴は見出せず,年齢の偏りも見られないようである。
 実際に「ひきこもり」であった,あるいは引きこもり状態にあるものの精神医学的診断について,これまで資料が乏しかったことを考えれば,この資料は貴重なものであるといえよう。この資料からは,「ひきこもり」があったから精神医学的診断がついたのか,あるいは精神医学的問題があったからひきこもりであったのか,という細かい判断はできない。しかし,少なくとも構造化面接で判断しても,まったく精神科的な問題が診断されない「ひきこもり」が存在することは確認されたといえるだろう。一方で他の時期に精神医学的診断がつくものの,ひきこもりの時期にはそれがない,という場合もありうることが示された。すなわち,「ひきこもり」は様々な状態を包括しており,現れている現象としては似ていても,その内容は複雑であり,多面的なアプローチを要すると考えられる。

*1:心的外傷後ストレス障害により引き籠もり状態になる、摂食障害になり引き籠もり状態になるなど。これは「ひきこもり」ではない