青木省三ほか「身体性および居場所の概念から見た引きこもりの病理および支援に関する研究」


数少ない比較文化研究である。非常に貴重な資料だと思われる。
方法は、日本の「ひきこもり」状態を記述したものをイギリスとフランスの精神医学・心理学の専門家に見せて回答を求めたアンケート調査。

青木省三・野村陽平・太田充子・森享子・島内智子・向井智子,2006,
「身体性および居場所の概念から見た引きこもりの病理および支援に関する研究
 −イギリス・フランスの精神科医療従事者へのアンケートを実施して−」
『厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)総括研究報告書
 思春期・青年期の「ひきこもり」に関する精神医学的研究』


この調査で使われた「ひきこもり」の定義は斎藤環定義のもの。

 「ひきこもり」を的確に表現する単語は海外には少なく、その概念が伝わりにくいため、今回は「ひきこもり」の定義を、「20歳代後半までに問題化し、6カ月以上、自宅にひきこもって社会参加をしない状態が持続しており、ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの」とした(斉藤環:社会的ひきこもり一終わらない思春期.PHP研究所,1998)。


「ひきこもり」と英語の"Social Withdrawal"は意味が異なる。(参照)
Social Withdrawalと翻訳せずに「ひきこもり」としたところは非常に良いと思われる。


調査で聞かれているのは主に以下のようなことである。

 現在の日本で社会的問題にまでなっている「ひきこもり」現象について、1)日本の文化に結びついた特有の現象とかんがえられるのか、2)他国にも共通して認められるものなのか、3)もし認められるとすれば、それは精神疾患と捉えられているのか、4)同時に、どのような社会的対応がなされているのか


ただし以下の質問は非常に問題があるように思われる。

Q6.このような青年は、精神障害と考えるか?

イギリス(10名):考える9名(うち4名が多分あると回答) 考えない1名
フランス(25名):考える15名 考えない8名 未記入2名


ここから、英仏では「ひきこもり」がいたとしても「精神障害」だと認識されてしまうということは導き出せそうだが、「ひきこもり」は「精神障害原因としない」であって、「精神障害ではない」というわけではない。


「ひきこもり」を医学のカテゴリで括ると「社会不安障害」などの精神障害が該当する場合があるというだけで、医学のカテゴリを採用する必然性はない。現に「ひきこもり」という非医学のカテゴリが存在しているのは、医学カテゴリでは処理できない問題をひきこもり問題が抱えているからである。


また、すべての「ひきこもり」が精神障害を持つわけではなく、岡山大学のフォローアップ調査によると、32万人と推定されたひきこもり(世帯)数の約4割が精神障害を伴わない「ひきこもり」であった。(参照)


日本でも精神科医的にみて4割は精神障害を伴わない「ひきこもり」なので「精神障害と考えるか?」と問うのはあまり適切ではない。おそらく、この質問文の前提には「ひきこもりには必ず*1精神障害が併発する」というものがあるのではないかと思われるが、この前提は誤りである。


したがって、精神障害を持つひきこもり状態のケースをどのような診断・対処をするか?ではなく、精神障害原因としない「ひきこもり」定義に相当する人に遭遇した場合にどういう診断・対処をするか?ということを問うべきである。

 2006年1月末現在、アンケートはイギリスから10通、フランスから25通(病院15通、セクター10通)の返事が得られたが、まだまだ数が少なく充分な検討ができていない段階である。


現時点で比較文化研究はほぼ存在せず、小規模ながら非常に貴重な研究である。

Q4.回答者の国ではこういうケースがどの程度いるかの印象
イギリス:
いない2名
稀にいる2名
それなりにいる6名
たくさんいる0名


フランス:
いない3名 
稀にいる13名 
それなりにいる6名 
たくさんいる2名
末記入1名


Q5.「いない」と答えた方以外に質問。性差について。


イギリス(8名):男性に多い2名 女性に多い1名 わからない5名
フランス(22名):男性に多い18名(社会的責任が重い、テレビゲームの多くが戦いや自動車がテーマだからとそれぞれ1名ずつ書かれていた) 女性に多い0名 性差はない2名 未記入1名 両方1名


似たようなケースはそれなりに存在しているようで、それは日本と同じく「男性」に多いとのこと。


以下はその原因。

Q8自国でのひきこもりの原因として何を考えるか?


イギリス:
・Q6で回答した精神疾患3名(併存あり)、物質乱用2名、発達障害1名
・文化的要因2名
 テレビ・インターネットの普及、想像上の関係増加
 病理的な世代間の関係(反抗心.抵抗、相互理解と尊重の欠落、権威に対する同価的感情)
・社会要因4名
 いじめ、成功に対するプレッシャー、学業
・家族要因4名
 両親の不調和、片親、関係の困難さ
・個人要因5名
 特性、人格、知的能九 生物学的、遺伝学的


フランス:
・文化的要因7名
 インターネット・テレビゲームの普及、バーチャルコミュニケーションの発達(逃避、維持)
・社会要因5名
 個人主義が強い、学校と家庭以外に余暇を過ごす場所がない、学業
・家族要因6名
 両親の寛大さ、関係の不安定性、両親の仕事にエネルギーをとられすぎる
・個人要因4名
 思春期の自尊心の低さ、悪い生活習慣、受動的反抗、社会政治システムに対する攻撃、現実逃避


以下は日本についての質問。

Q9.日本のひきこもりは、何が原因として推測するか?

イギリス:
精神障害2名
 社会的・歴史的な流れからくる社会恐怖症や広場恐怖症、物質乱用
・文化的要因4名
 文化的症候群、社会的特徴 コンピューター・インターネット・他の技術により強化されている
・社会要因2名
 成功に対するプレッシャー、学業、いじめ
 社会一般からや両親に対する一種の防衛的無気力(ataxia・abasia)か受容的な敵意
・家族要因2名
・個人要因 特性、人格
・わからない3名


フランス:
精神障害 社会恐怖症の有病率が高い
・文化的要因7名
 テレビゲーム・インターネットの普及(逃避)3名、青少年に対する社会の要求が高い、精神疾患に対する世間の目が冷たく、外来受診がためらわれる、日本に住むのはストレスが多そう
・社会要因5名
 制約が多い、学業(日本は重要性が高い)、フランスより激しい競争の存在、仕事を見つけることの困難さ、プレッシャーが大きい
・家族要因2名
 家族がはとんど家にいない、家族の価値観の崩壊、両親が寛容すぎる
・個人要因2名
 受動的反抗、社会政治に対する攻撃、無気力が増えている
・わからない8名


英仏の医学・心理学に専門家は比較文化の専門家ではないので、適当な答えが返ってきている印象である。



以下は結論。

F.考察
 今回は回収できた事例数が少ないため、結果を統計処理出来ていない状態である。
 印象としては、イギリスとフランス両国において、「ひきこもり」の事例は少ないと認識されているようであった


研究要旨

 本研究の初年度にあたる平成17年度は、海外からわが国におけるひきこもりを見つめ直すために、イギリスとフランスに対して架空のわが国におけるある程度典型的なひきこもり事例を通してアンケート調査を行った。
 平成18年1月現在、アンケートはイギリスから10通、フランスからは25通の返事が得られたが、まだまだ数が少なく十分な検討が出来てない段階である。印象としては、イギリス・フランス両国において、「ひきこもり」の事例は少ないと認識されているようであった。
 両国とも事例を精神障害と考えるとの回答が多く、疾患としては社会恐怖症、うつ病を考えることが多かった。フランスでは統合失調症を考えることも多かった。対応としては、認知行動療法が多く、次に家族療法や薬物療法がみられた。両国での原因は、共通してインターネットやテレビの普及があげられたことが印象的で、フランスでは両親の対応に着目していることが多かった。
 日本の「ひきこもり」は、イギリス、フランス両国からは日本独特の学業や社会のプレッシャーがあると、文化的結合症候群と考える人が多いようであった。また両国に共通して、インターネット・テレビなどの技術発展が関与しているとも述べられ、その点に関しては、着目されていることが推測される。
 現在までにアンケートを回収できた数は少なく、今後可能であればアジア圏にも対象を増やし、さらに考察していきたいと思う。

*1:もしくは多くの場合