樋口康彦「「準」ひきこ森―人はなぜ孤立してしまうのか?」


「準」ひきこ森―人はなぜ孤立してしまうのか? (講談社+α新書)

「準」ひきこ森―人はなぜ孤立してしまうのか? (講談社+α新書)


発売の模様です。
「ひきこ「森」」。ダジャレか。


追記
読了。著者は社会参加のために「ショック療法」が必要だと言う。

 一方、準ひきこもりは、親が自分を見捨てないことを見抜いている。不登校歴がある場合、そのことは証明済みである。親が厳しいことを言わないので、居心地のよいほうに流されてしまうのである。
 甘やかされた温室育ちの彼は、大学卒業後社会に出ると、急に砂漠か南極にでもひとり放り出されたように感じてしまう。あるいはぬるま湯からいきなり熱湯に飛び込んだように感じることだろう。甘やかすだけではなく、つらさに打ち克つ強さを育てていかないと社会という弱肉強食の世界で破綻をきたす。
 本当に腹が減っていたら食べ物の好き嫌いなど言ってはいられない。人付き合いが苦手だから、働けないなどとも言っていられないだろう。私は将棋が大好きである。何とか強くなりたいと、いろいろな本を読んだり棋譜を見たりして勉強している。しかし、なかなか上達しない。もし私がプロ棋士のように、勝負に生活がかかっているとしたら、今頃もっと強くなっていることだろう。
 要するに家庭の中で準ひきこもりは甘えん坊将軍である。家族が面倒を見続ける限り、決して目覚めることばない。
 甘やかすのみで自立性の育成を怠ったことにより、親は大学まで出してあげながら、子どもから徹底して苦しめられることになる。


「ナンパ」の実践、最高に忙しい仕事が準ひきこもりからの脱出法だと樋口氏は言う。この2つは「ひきこもり」の当事者でも実践することがある。性的に抑圧的な自分に嫌気がさして、軽くなろうとナンパをしようとする。ひきこもりの経験者でナンパに走った人を数人知っているけども、わりと上手くいったのは1人だけだったような気がする。残りはろくなことにはなっていなかった。


本の終盤には、樋口氏は自身もかつては準ひきこもりだったが、転身して立派な社会人になったのだということが書いている。つまり、自身を成功例としてみなして、自分には効果があったのだから、他の人にも効果があろうというわけだ。しかし、自分に良かったことが他の人にも良いとは限らない。自身に効果のあったことを他者に無理強しても上手くいかない。これは支援をする時の基本であると思う。