それでも「カリスマ女教育者」にすがる「引きこもり」現場レポート(週刊新潮)


週刊新潮』(2006/10/19)による長田百合子氏を(どちらかというと)擁護する記事。


長田氏の妹である杉浦昌子氏の主催するアイ・メンタルスクールの逮捕監禁致死事件については次のように書かれている。

 多忙になった長田さんの仕事を、妹の杉浦昌子さんが手伝うようになったのもその頃だった。
 「当時の妹は人間の心を掴むのがうまく、子供たちからも慕われていました。しかし、次第に私に対して〝考え方が古い〟と言い出したのです。私は精神を病んでいる子は扱わないと考えていました。ところが妹は、精神科医有識者と一緒にやりたいと考えていたようなのです」
 姉妹は挟を分かった。平成6年のことである。その後、長田さんは引きこもり問題の〝カリスマ″と呼ばれるようになり、著書も10冊を超えた。仕事は順調だった。だが、今年5月、その妹が、主宰する自立支援施設での逮捕監禁致死容疑で逮捕されてしまう。引きこもりの男性を監禁、死亡させたというものだった。「今まで築き上げてきたことが崩れていくような感覚に襲われました」
 新開や週刊誌は、事件を大々的に報じた。
「新刊の出版も決まっていましたが、事件が起きると、〝長田さんと妹さんは関係ないことはわかりました。でも、社会は姉としての責任を問います。リスクを負うことはできません″と言われ、中止になりました」


記事は以下のように結ばれている。

家族の絆が取り沙汰される現代、長田さんを求める声はまだまだ減らない。


記事の中では、長田氏の人生が簡単に振り返られている。

 引きこもりの社会復帰を助ける長田さんは、元々は教育畑の人間ではなかった。「岐阜県生まれで、中学ではイジメられっ子、高校ではヤンキー」(長田さん)というちょっと変わった経歴の持ち主である。
「高校時代は自分の弱さを隠すためにワルになりましたね。タバコ、酒はもちろんのこと、シンナー、無免許運転、何でもやりました。徹底的にやる性分ですから.シンナーは一斗缶を買ってきて吸っていたし、酒も一升瓶を30分で空けていましたよ。万引きをして警察捕まり、無期停学になったこともありました
 ハチャメナャな少女だったが、立ち直るキッカケはご主人との出会いだった。「無期停学中、私の家に男が15人ほど遊びにきたんです。その中に怖いもの見たさの真面目な男も混じっていたんです。その中の一人が今の旦那です。私はいい奴じゃんと思いました。彼と付き合うようになってヤンキーをやめ、更生したのです」
 この時の不良体験がその後、引きこもりや不登校児、非行少年などと向き合う際に生きているのである。


以下は、長田氏に相談のあった例。

「あの子はとにかく敏感でした。一方で、成績が良くて親の期待以上に勉強もできました。難しい問題でもできちゃうので、学校や塾の先生から、束京のトップクラスの中学にも進学できると期待されていました。私も言葉にこそ出しませんが、この子だったらできると思っていました。本人もその期待に応えようと一生懸命だったと思います」
 小学4年生の2学期、引きこもりが始まる。
「精神がぼろぼろになっていたと思います。私は〝もう塾はやめなさい〟と言ったのですが、本人は〝僕はやめない。頑張る″と譲らなかった。期待を裏切りたくないという、あの子なりのプライドがあったのでしょう」(母親)
 両親は、学校へ行け、とは決して言わなかった。「子供は、親はきっと〝学校へ行け″と言うと考えていたと思いますが、人生は長い、1、2年くらい何もしなくてもいいと話しかけました。でも本人は言葉通りには受け取らず、学校に行けない自分を責めていたんだと思います」(母親)

「布団を剥ぎ取って行かせようとしますが、凄く抵抗し動こうとしない。家は5階にありましたが、ベランダでぴょんぴょん跳びながら〝ここから飛び降りて死んでやる〟とか〝学校に無理に行かせたら皆殺しにしてやる〟とか言いました」
 息子の気が狂った、と本気で思ったという。
「〝ぶっ殺すぞ″と包丁を振り回すようになったのは、それからすぐです。包丁を取り上げ、〝あんたを殺して私も死のうか″と口走ったこともありました。車を運転していると後ろから私の首を絞めたり、髪を引っ張ったり、ハンドルを横から動かされたりしました。親が子供を殺すニュースを見たりすると、その気持ちがよーく分かります。車に乗っていると、トラックに突つこもうか、山道を走っている時は良から落ちようかなどと考えるわけです」