井出草平の研究ノート

医療の地域格差−−10万人あたりの医師数


医療の地域格差が問題となっている。だいたいのイメージでは、田舎には医師が少なく、都会に医師が集中しているというものであるが、各県の10万人あたりの医師数を見てみると、そう単純なものでないようだ。10万人あたりの医師数が少ない「ワースト5」は埼玉、茨城、千葉、岐阜、神奈川となっているのでどちらかというと都会であり、過疎化が問題になっている県でもない。


ワースト5(医師が少ない)
1 埼玉 121.8
2 茨城 136.6
3 千葉 141.9
4 岐阜 161.7
5 神奈川 162.2
トップ5(医師が多い)
1 徳島 258.7
2 高知 258.5
3 京都 257.8
4 東京 253.7
5 鳥取 249.2
(単位:人)
10万人あたりの医師の数。厚生労働省「地域保健医療基礎統計」(2003年)を再集計。データは2002年度のもの。


上の表は現在の医師数である。では、増え方はどうなのだろうか? 都会ではここ数十年で医師増え、田舎では減っている傾向を見ることが出来るかもしれない。1984年から2002年へを比較すると、全国で1.35倍に医者は増えていて、医者が減った都道府県は存在しなかった。ただ、全国平均よりも大きい増え方を見せた県と、全国平均以下の増え方を見せた県に分かれた。

ワースト5(医師数が全国平均以下の増加県)
1 宮城 0.91
2 石川 0.92
3 岩手 0.93
4 東京 0.93
5 神奈川 0.94
ベスト5(医師数が全国平均以上の増加県)
1 沖縄 1.25
2 宮崎 1.20
3 大分 1.16
4 北海道 1.13
5 島根 1.12


厚生労働省「地域保健医療基礎統計」(2003年)を計算。1984年から2002年への各県の増加を全国平均の増加を1として標準化した数値。数値が1を超えていれば、全国平均よりも医者が増えていることを示している。


沖縄が最も医師の増加が見られた。逆に最も増えなかったのが宮城県である。田舎と都市の地域格差は存在しているのは確かだろうだが、2極化という絵を描くには少し無理がある。全体的に言えるのは2つ。

  1. 田舎に医者が少なく都会に多いわけではない
  2. 東日本より西日本に医師が多く、また増えている


埼玉・茨城・千葉・神奈川は(増減ではなく)医師数が少ないが、それは東京に近く、勤め先の東京で医者にかかっているという理由も考えられよう。その結果かなのかは分からないが、東京が医師の多い県の2位に上がっている。ただ、東京は1984年からの20年あまりで医師数が増えていない第4位の都道府県でもある。従って、都会に人が集まって、住んでいる所では医者にかかっていないから郊外・ベットタウンを持つ東京の周辺県で医者が減ってるという説明はできそうにない。


関東以外で医師の少ない県ワースト5に入っている岐阜(第4位)だが、岐阜には愛知が隣接していて交通の便もわりと良いので、特に南部の人などは愛知で医者に通っているということも考えられなくはない。しかし、愛知は医師の少ない県の11番目であり、全国的に見てもどちらかというと医者が少ない県である。


人口10万人あたりの医師数だけで、医療格差を語れるわけではなく、この他に、県の広さ、医師の都道府県内の密度、病院までの交通機関の整備など考える要素はいろいろあるように思われる。


この中から考えられる有力な仮説は、人口密集をしていると医者の数が少なくて済むという仮説である。人口密度の高い都会では一人の医者が受け持てる患者数が多く(通える距離にたくさん人が住んでいる)、逆に人口密度の低い県では都会と同じ患者数を持とうとすると、何十キロと離れたところから通ってこなければならないため、医者が通える範囲に配置しようとすると必然的に10万人あたりの医者数は増えるというものである。


ただ、この仮説も医者の少ない県ワースト5に人口密度が高い東京(逆に多い県)や大阪(33位)などの都道府県が入っていない。また、ワースト5に入っている岐阜県の人口密度は低い。どうも説得力に欠ける。


この問題に詳しいわけではないので、なぜこのような分布になっているのかは分からない。ただ、少なくとも、分かりやい形での格差が開いているという訳ではないのは確かなようである。


参考:医師の地域格差…分布は“西高東低”(2006年7月27日 読売新聞)


付表:
都道府県別の10万人あたりの医師数(2002年度)

少ない順に並べてある。

1 埼玉 121.8
2 茨城 136.6
3 千葉 141.9
4 岐阜 161.7
5 神奈川 162.2
6 静岡 164.8
7 青森 164.8
8 新潟 165.4
9 岩手 166.1
10 福島 170.4
11 愛知 172.8
12 三重 173.6
13 長野 176.5
14 秋田 178.4
15 山形 179.4
16 沖縄 179.5
17 滋賀 180.8
18 宮城 183.5
19 栃木 186.0
20 山梨 187.4
21 奈良 187.7
22 群馬 190.7
23 兵庫 192.6
24 福井 193.6
25 北海道 198.0
26 宮崎 201.7
27 鹿児島 208.3
28 富山 210.4
29 佐賀 214.0
30 山口 215.3
31 愛媛 222.1
32 広島 223.1
33 大阪 224.7
34 大分 226.5
35 和歌山 230.5
36 島根 230.6
37 香川 232.9
38 長崎 234.8
39 熊本 235.3
40 石川 235.5
41 岡山 240.9
42 福岡 247.6
43 鳥取 249.2
44 東京 253.7
45 京都 257.8
46 高知 258.5
47 徳島 258.7
(単位:人)
10万人あたりの医師の数。厚生労働省「地域保健医療基礎統計」(2003年)を再集計。データは2002年度のもの。


都道府県別の1984年から2002年の医師数の増減


1984年から2002年への各県の増減を全国平均の増減を1として標準化した数値。全国の趨勢としては1984年→2002年で1.35倍に医師数は増加している。数値は全国と比較して1が全国と同じペースで増加していることを意味し、1以下は全国平均より低い増加率、1以上が全国平均よりも高い増加率を示している。ちなみに、1984年から2002年で医師数が減少した都道府県は存在しない。すべての都道府県で医師数は増加している。


宮城 0.91
石川 0.92
岩手 0.93
東京 0.93
神奈川 0.94
兵庫 0.95
徳島 0.96
三重 0.98
鳥取 0.98
岡山 0.98
福岡 0.98
新潟 0.99
愛知 0.99
大阪 0.99
青森 1.00
福島 1.01
茨城 1.01
京都 1.01
栃木 1.02
静岡 1.02
山口 1.02
滋賀 1.03
長崎 1.03
群馬 1.04
埼玉 1.04
岐阜 1.04
佐賀 1.04
熊本 1.04
長野 1.05
広島 1.06
香川 1.07
高知 1.07
秋田 1.08
山形 1.08
富山 1.08
愛媛 1.08
奈良 1.09
山梨 1.10
鹿児島 1.10
福井 1.11
和歌山 1.11
千葉 1.12
島根 1.12
北海道 1.13
大分 1.16
宮崎 1.20
沖縄 1.25
厚生労働省「地域保健医療基礎統計」(2003年)を計算。