玄田有史・近藤絢子「構造的失業の再検討−失業率上昇の背景−」

玄田有史・近藤絢子,
「構造的失業の再検討−失業率上昇の背景−」
ESRI Discussion Paper Series No.53
http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis060/e_dis053.html


長期的な社会変動を含んだ構造的失業なのか、循環的な原因による摩擦的失業なのかというのは、実態面で区別をつけることが非常に難しい。そこで、失業者の意識面から失業の原因を調べた論文。


構造的失業・摩擦的失業・需要不足失業の3つの定義。

構造的失業の定義とは、「需要と供給の間で労働者の質や地域にミスマッチがあるために起こる失業」である。求人はあるものの失業者がその求人条件を満たせない、例えば、北海道で求人があるときの沖縄の失業とか、システムエンジニアに対する求人があるときに配管工が失業しているといった場合を指すのが、その典型である。それに対して、「見つけさえすれば仕事はあるがまだ見つけていない職探し中の失業」を摩擦的失業といい、「労働供給が労働需要を超過していることにより生じる失業」を需要不足失業という。


そもそも構造的失業が増えているのかどうかというのに議論の余地があるようだ。

厚生労働省労働経済白書』(2001 年)および内閣府『経済財政白書』(2001)の指摘以来、UV分析(ベヴァリッジ曲線)から、失業の4分の3が構造的失業であること、そして構造的失業は増加を続けていると、認識されてきた。ところが一方、北浦・原田・坂村・篠原(2003)では、失業率の4%程度が構造的失業という説に対する批判的検証を展開し失業率上昇の大部分は循環的要因によると反論している。太田・大竹(2002)も白書で展開された構造的失業の把握の問題点を指摘するなど、構造的失業をいかにして把握するかは、現在、意見の分かれるところである。

  • 大竹文雄、太田聰一 (2002)、「デフレ下の雇用対策」、『日本経済研究』No.44
  • 北浦修敏、原田泰、坂村素数、篠原哲 (2003)、「構造的失業とデフレーション」、ファイナンシャル・レビュー第67 号、財務省財務総合政策研究所

さらに、「希望する種類や内容の仕事がない」は構成比でみても増えている。労働条件や技能があわないというミスマッチによる失業の比率は減少しており、年齢のミスマッチも比率としてはほとんど変化がない。反面、条件にこだわらないがとにかく仕事がなかったという明確な需要不足はわずかに増えているものの、その増加は1%程度と大きくない。希望する仕事がなかったという失業は、「仕事がなかった」という点を強調すれば需要不足による失業ともいえるが、「希望する仕事が現実の仕事と合致しなかった」という意味ではミスマッチによる失業ともいえ、需要不足とミスマッチの両面を含んでいる。99 年以降増加したのは、需要不足とミスマッチの両面を含む失業であり、明らかなミスマッチも、明らかな需要不足も、ともに顕著なかたちでは増加していない。

99年→03年の構造的変化について。需要不足とミスマッチとも言える形で失業が増えている。これが、この論文の結論になるもの。

かつて日本の失業率が低い理由として、職を失った年齢の若い女性が失業せず、非労働力化するという意味で求職意欲喪失の効果が注目されてきた。それが、1998 年以降になると、年齢の高い男性が失業したときに正社員としての求職意欲を失いつつある面が強まっている。求職意欲喪失者の対象と内容が様変わりしつつある。それも98 年以降の失業の構造的変化の具体的な一側面である。いずれにせよ、希望する仕事がなかったという失業の増加は、正社員志向の高まりといった失業者意識の変化によるものではなさそうである。


失業者の半分は労働市場から撤退して解決がなされているという話に関係している。日本では女性の非労働力化によって失業率が増えなかった面が大きい。98年以降はその構造が少し変化したことが見て取れ、年齢が高い男性にも労働市場からの撤退する傾向があるようだ。
不景気によって、中高年がリストラされたものの、正社員として再就職するのは非常に難しい状況にある。論文中に因果関係は確定されていないが、正社員になることが難しいという状況において、中高年では正社員「志望」が減ったのであろう。


98年→03年において正社員志望は全体では減っている。44歳以下とすると、有意ではなくなるので、若年ではあまり変わらない(もしくは多少志望が減っている)ということがわかる。従って、正社員になりたいという理由から、非正規雇用の仕事があっても就職しないで、仕事を探し続ける(失業状態)という現象が起こっている訳ではないようだ。この点で、正規・非正規における雇用のミスマッチはあまり認められないと考えられる。

1990 年代半ば以降の失業率急上昇は、確かに景気後退による需要不足の面はあるものの、それだけでは説明は不十分である。かといって、技能や年齢といった明確な理由によるミスマッチが必ずしも増えているわけではない。さらには失業者の求職意欲にも明確な変化は見られない。しかし、これまでの分析では捉えられていない何か(something)が、失業者の職探しの効率を下げているのは、確かである。


失業者の意識面からどのタイプの失業かということを見ると、歯切れのよい結論は描くことができないようだ。明確なミスマッチを読み取ることはできないし、景気による説明も不十分のようだ。経済学で通常扱う変数では説明できない何か(something)を求めることが、経済学者としては、無業者へ視点が移動するモチベーションになるのではないかと思う。単なる感想の域をでないものだが。
ニートとして定義される「非求職型」(仕事をしたいと思っているが探していないタイプ)は25.7万人['92]→42.6万人['02]の10年間で16.9万人、1.7倍に増えた。これは、労働市場からの撤退であり、彼らは働きたいと思っていても、労働市場が受け入れなかった人たちである。とすると、この説明は失業者になった時点で、再雇用を阻害している要因があるはずであり、その回答は(少なくとも労働力市場のデマンドサイドの要因については)失業者の動向の中に回答があるはずである。


すこしだけデフレの話もあった。

結局、失業率と相関しているのが名目物価水準自体であると見ても期待物価水準と実現値のギャップであると見ても、いずれにしろ1990 年代後半の失業率上昇の大部分はフィリップス曲線上の動きとして説明できる。これは、従来の区分からいえば需要不足失業の増加を意味する。
しかし名目賃金が硬直的ならば、ディスインフレの影響は単なる貨幣錯覚にとどまらない。現実には名目賃金は物価指数に比べて必ずしも硬直的とは言い切れないとしても、賃金だけに限らずより広範に名目価格の下方硬直性が存在するとすれば、ディスインフレは価格による調整機能を弱め、結果として失業を増大させる。フィリップス曲線の傾きがディスインフレ下で緩やかになる、つまりディスインフレ下では適度なインフレの下に比べてインフレ率の変動に対する失業率の変動が大きいことは、デフレが進むにつれて失業率が急増する可能性があるという重大なインプリケーションにつながる。


デフレ下では賃金の下方硬直性が失業を生み出す可能性がある。これは検討の余地がある話。



以下は、需要不足失業・摩擦失業・構造的失業についてメモとして抜き出し。

構造的失業という概念を初めて導入したのは、ベヴァリッジ・カーブで知られるBeveridge(1944)である。その定義によれば、構造的失業とは「一国の主要な経済構造に影響すると見做されうるほどに大きな需要の変化を通じて、特定の産業もしくは地方に生ずる失業」(邦訳325ページ) である。

このBeveridge による本来の定義に厳密であろうとすれば、構造的失業とは、単に経済全体の労働需要の多寡の問題ではなく、「(有効需要の)方向をあやまられている」と表現された事象の背後にある、労働需要の質的変化がもたらす失業として定義しなければならない。労働需要の変動は、量的変化と質的変化の両方を伴っているのが通常であり、需要不足による失業と構造的失業を区分することが困難なのは、本来の構造的失業の概念に照らし合わせれば当然である。その意味で構造的失業は需要不足とは元々不可分の関係にある。
さらに構造的失業がミスマッチを原因として発生するという多くの教科書にみられる解釈も、構造的失業の一面を捉えているにすぎない。むしろ構造的失業が生じるのは、「大きな需要の変化を通じて」、すなわち大規模な需要変動を契機に需給の不一致が持続することこそ原因である。その結果、就業機会に関するミスマッチの継続状態が、特定の「産業」や「地方」に起こっている状態が、まさに構造的失業の発生状況である。構造的失業の発生下では、労働の超過供給と超過需要が並存し、同時にその不一致が何らかの経済「構造上」の持続的変化を誘発する。その帰結として、失業そのものが継続する状況が内生的に生み出される。それが構造的失業の本質である。
Beveridge(1944)によれば「構造的失業は摩擦的失業の一種であるときもあるし、またそうでないときもある」(邦訳325 ページ)、つまり構造的失業と摩擦的失業は排反関係でもないし、どちらかがどちらかを包含するものでもない。この点は本節の冒頭で述べた、今日普及している定義とは異なっている。


労働市場のミスマッチについて述べたものが少ないという指摘。

例としては、Dornbusch and Fischer (1987, 540 ページ), Blanchard (1997, 309-310 ページ)など。Stiglitz (1997)は「長期失業は経済の構造要因によることが多いので、構造的失業と呼ばれる」(邦訳83-84ページ)としているが、この定義もかならずしも明瞭ではない。本節の冒頭で述べた定義を採用している数少ない例としては、Samuelson (1992, 576-577 ページ)がある。

  • Dornbusch, R and S. Fischer (1987), Macroeconomics 4th ed., McGraw-Hill
  • Blanchard, O. J. (1997), Macroeconomics, international ed., Prentice Hall

構造的失業・摩擦的失業・需要不足失業という形の分類について詳しく述べた文献として、英語ではArmstrong and Taylor (1981), 日本語では水野 (1992)や猪木 (1984)などが挙げられる。

  • Armstrong, H. and J. Taylor (1981), “The Measurement of Different Types of Unemployment”, in J. Creedy ed., The Economics of Unemployment in Britain, Butterworths
  • 水野朝夫(1992)、『日本の失業行動』、中央大学出版部
  • 猪木武徳 (1984)、「失業の経済学」、小池和男編『現代の失業』、同文館出版