『ひきこもりの社会学』に関する言及


拙著『ひきこもりの社会学』(asin:479071277X)に言及していただいたブログの中で少し気になるものがあった。簡単にまとめると次の2点である。

  1. 本に書かれていないことが言われている
  2. 本に記述がないことになっている
読み始めたばかりだけど『ひきこもりの社会学http://d.hatena.ne.jp/K416/20070820/1187618644


まず(2)「本に記述がないことになっている」から。


『ひきこもりの社会学』では「ひきこもり」のインターネット使用率が実は低いという話を書いた。根拠は斎藤環が臨床から述べている数字の1割と、埼玉の実態調査の2割である。「ひきこもり」=「ネット依存」という理解は誤りであるという第3章の記述である。インターネット使用率が低いという指摘が2つ存在していると記述した後に、本では、次のように記述している。

斎藤の臨床データや埼玉県実態調査では,低率とされるインターネット使用率だが,近年では多くの当事者がインターネット使用をしていると言う支援者もいる.インターネットが広く一般に普及してきたことも関係しているだろう.


インターネットの普及率の上昇とともに、「ひきこもり」においてもインターネット使用率が近年上がっている可能性があることを本では指摘している。しかし、リンク先ではわざわざ注で次のように書かれている。

著者は、2001年の調査を元にして、引きこもりの中にインターネット利用者はそんなにいないとしているけど(p.79)、2001年の調査ってデータが古くはなかろうか。ネットの普及率を、http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/6200.htmlとかhttp://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/6210.htmlとかを見ながら考えると。
http://d.hatena.ne.jp/K416/20070820/1187618644


わざわざ指摘をしている。このように書くと『ひきこもりの社会学』ではこのような事情を無視しているような印象を与えることになる。これでは読者をミスリードすることになる。


また、言及していただいたブログでは「インターネットで他者と関わるひきこもりも多いだろう」と書かれているが、「多い」というのは人数が多いのか割合が多いのかも分からないし、根拠もよくわからない。これはどこかに根拠があるのだろうか。


また、本での文脈は「ひきこもり」=「ネット依存」ではない、というものである。「ひきこもり」の中にインターネットをしてる人がいるかどうかではない。「ひきこもり」は「ネット依存」だ、と理解することは妥当ではないということを述べている箇所なのである。


さて、次は(1)「本に書かれていないことが言われている」、というものである。

ヴェーバーの定義では「人間が行う行為のほとんどが社会的行為と捉えることができてしまう」(p.227)として、ホマンズの「人々が接触している他者に向けた行為」という「社会的行為」の定義を援用してるけど、何で「ほとんどが(中略)捉えることができてしまう」ことが問題なのか、よく分からんわけで
http://d.hatena.ne.jp/K416/20070820/1187618644


『ひきこもりの社会学』には「問題だ」などとは書いていない。227頁の注85の記述を確かめればすぐに分かることである。この箇所はヴェーバーとホマンズの定義の比較をしているところであって、筆者の主張が書かれているところではない。言及していただいたブログでは、筆者の主張であるかのように書かれてあるし、そもそも「問題だ」とも書いていないので、読者をミスリードするものであろう。


論文ではなくブログであっても「本には書いてないこと」で論じるのは作法としてあまり褒められたものではない。同じく「本には書かれていないこと」にしてしまって、わざわざ指摘するというのも同じである。


読書会をやっていただけるということなので、その時には本に書かれた内容で議論していただきたいものである。