井出草平の研究ノート

軽度発達障害とは何か?


発達障害のうち精神遅滞を伴わないものを指す。医学用語ではなく、また、この用語が存在するのは日本だけである。

山崎
しかし、軽度発達障害という言葉が持つ意味は、要するに軽症だとか軽いという意味でしょう?


石川
もともとは知的には問題がないというところからきているようですが。


山崎
知的レベルが正常範囲内にあるということが要するに「軽い」と表現され、障害児論というか、発達障害の領域でも使われるようになったのでしょう。しかし、現実には軽度発達障害と言われている人たちが持つ困難さ、生活のしにくさは、知的障害がある発達障害の人たちとは次元や質がまったく違いますし、非常に深刻な問題があります。ですから日本自閉症協会会員の方々の意見などを聞きますと、「軽度発達障害という言い方はしてくれるな」という人の方が多いですね。誤解が大きいものですから。そういう意味で、慎重に扱わなければならないわけです。


文部科学省は「軽度発達障害」という言葉を使用していたが、2007年3月にこの用語の使用停止を表明している。


この用語を広めたのは杉山登志郎氏であると言われている。

 このように訳語の安当性ひいては語源まで調べて修正が可能な言葉でも問題を学んでいるのであるから、「軽度発達障害」に至っては論を侯たない。「軽度発達障害」が初めて公の場で使われたのは、学会のメインテーマとしてであったようだ。杉山登志郎を実行委員長に一九九九年八月、静岡で持たれた第三四回日本発達障害学会のことであり、その集会ではテンプル・グランディンの特別講演などが持たれたが、軽度発達障害という用語の提唱もしくは検討が行われた記録は残っていない。「軽度の発達障害」という表現は既に存在しており、「の」を取り除いてキャッチコピーにしたと邪推したくなる。(石川元,2007,「『軽度発達障害』というラベル」『現代のエスプリ』(476),228〜242.)


文献としてはこちらのものになる。第三四回日本発達障害学会に関連した記事のように思われる。(未読)


石川元氏による整理によると「軽度発達障害」という言葉には6つの共通点があるようだ。

 さて、以上、それぞれ立場の違う治療者間での、「軽度発達障害」 の共通点は、次のように考えられる。
1、「軽度」の意味が「知的に問題がないか、あっても軽微である」という前提が存在する。
2、それなりに深刻な問題を卒んでいる。
3、構成する障害の中には特定の診断名を付けがたいグレイゾーンがあることから、一応の括りとして認めても良い。
4、構成する障害のひとつである学習障害(LD)は、旧来の「傘概念」としてのLearning Disabilitiesでも最近のLearning Differenciesでもなく、むしろ国際診断分類であるLearning Disorderに近い。2軸で精神遅滞を拾うことのできるDSMでのLearning Disorderでは「知的発達には遅れがない」を明記されておらず、その点などが異なるものの'読み・書き・計算を中心とした学習の遅れに限定している。
5、構成する障害として、従来の精神医学では(発達障害ではなく)行動もしくは情緒の障害に分類され、しかもかなりの比率で(発達自体もしくは投薬・環境調整により)状態が改善するAD/HDが含まれている。
6、構成する自閉症圏の障害については、高機能広汎性発達障害(HFPDD)というスペクトラムによる広い括りを用いている。


この6つの共通点は以下の論文から導き出されたもの。

 文献での嚆矢は宇野(一九九九)で、「心身の機能の発達が困難な、あるいは極めて緩慢な状態」、「様々なものがあり現れ方も千差万別で、共通しているのは、脳の機能的な問題が先天的に存在し、幼少時から症状が見られること」と「発達障害」を定義し、その中で、障害の程度が軽く、一見普通と変わりない子どもたちが「軽度発達障害」だとした。代表的な疾患として、注意欠陥多動性障害(AD/HD)、「学習障害(LD)」、アスペルガー症候群高機能自閉症を含む高機能広汎性発達障害、が挙げられ、次のように説明されている。「日に見えにくいせいで気づかれず、単なる親のしつけの問題、性格の問題ととられてしまい、まさに軽度であることがその間題である。学校生活に馴染むのは難しく、周囲の理解不足による度重なる叱責やいじめを受け、その結果、自尊心がとても低くなって二次障害(うつ病など気分障害、ひきこもりなど) にもなりやすいので早期発見・早期治療が必要である。人口の約一割にも上がるといわれている、脳の発達に軽度の障害がある子どもたちに対して、文部科学省は調査を開始しさまざまな取り組みを始めた」と。


文献表が見あたらないので、文献のあたりをつけてみる。
宇野(1999)は宇野彰であろうと思われる。これこれあたりからの引用か。(未確認)

 その後、年代順に追うと、杉山(二〇〇〇)は、「いわゆる軽度発達障害」を、「高機能自閉症、注意欠陥・多動性障害、いわゆる学習障害、協調性運動障害、軽度・境界域の知的障害」であり、「(1)健常児との連続性のなかで存在し、加齢、発達、教育的介入により臨床像が著しく変化し、(2)視点の異なりから診断が相違してしまい、(3) 理解の不足による介入の誤りが生じやすく、(4) 二次的情緒・行動障害の問題が生まれやすく、その特徴ゆえに独特の困難性を抱いている」とした。


杉山登志郎の論文。これこれこれこれのどれかではないかと思われる。

 平林(二〇〇二)によれば「軽度発達障害児」とは、「明らかな知的障害をもたずに(すなわちIQ七〇以上)、普通学校での教育を受けている発達障害児。近年、何らかの問題を抱えて医療機関を受診することが増加している」が、「以前は小児科臨床において微細脳機能障害(Minimal Brain Dysfunction)として大雑把に括られていたが、近年はDSMやICDの診断基準に従ってより細かく診断される」。そして、複雑な点として「実際の発達障害臨床における診断上の難しさにADHD非言語性学習障害(国際的診断基準では認められていない)、PDD(広汎性発達障害)/自閉症スペクトラム障害の関連性・境界の問題」、「ADHD・PDD併存(国際的診断基準では認められていない)、非言語性学習障害とPDDの関係などは日常診療上の身近な問題でありながら十分に整理されていない」ことを挙げている。


平林は平林伸一だろう。文献としてはこれではないかと思われる。

 小枝(二〇〇ニ)は、「軽度の発達障害」を「発達につまずきのある子どもの中で、比較的軽度と考えられている発達障害の幼児および学童」とし、具体的には、「注意欠陥多動性障害ADHD)、学習障害(LD)、高機能広汎性発達障害(HFPDD)(知的発達に遅れのない自閉症ヤアスペルガ-症候群)、軽度精神遅滞」、の四つで、「(軽微だからでなく、顕在してこないから)三歳児健診で問題点が指摘されることが少なく、保育所/幼稚園、学校で集団生活をするようになると急激に問題点が指摘され、学童期にはそれが顕著になる」と定義し、「発達障害に起因するという認識の欠落(保護者・指導者双方)があると、問題が解決されないまま不適応(学校/社会不適応、心身症)を続発する」と警告した。


小枝は小枝達也。この文献だろうと思われる。ISBN:4787812491

 竹田・山下(ニ〇〇四)は、軽度発達障害を「定義は明確でない」としたうえ、「養護学校や特殊学級を中心とした従来特殊教育の対象とされてきた重度の発達障害の子どもたちに対して、機能的な障害が軽い発達障害をもった子どもたちの総称」と位置づけ、「見えない障害」という別名を紹介し、その中に含まれる診断名としては、「高機能広汎性発達障害(HFPDD)、注意欠陥多動性障害(AD/HD)、学習障害(LD)、軽度精神遅滞(知的障害) など」とした。

 鈴木(二〇〇四)は、軽度発達障害について「厳密な「診断名」 ではなく、医学的定義がなされていない、何が「軽度」なのか判じがたく、医学的診断の裏付けがありそうな一群に思えるが「個性なのか、障害なのか」「特性なのか、二次的な問題なのか」といった、診断名だけで割り切れなさが残るものに用い、専門家の頭に思い浮かぶ「医学的診断」は、「学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(AD/HD)、アスペルガ一障害や高機能自閉症を含む高機能広汎性発達障害(HFPDD)あたりであろうが」場合によっては、境界城知的レベル(bMR)の子どもたちもリストにのぼるかもしれない」と範囲を暫定し、「大きな漠とした、しかしある共通した特徴をもつカテゴリー」 のおかげで「実際に存在し、サポートを待っている子どもたちが、共通して見えてくることが多いのも事実」、「ファジーで大まかな捉え方も悪くない」と臨床における存在価値についても触れている。


鈴木啓嗣は軽度発達障害という概念に一定の有効性を認めている。

 横山(二〇〇五)は、「軽度」を、障害や問題の程度ではなく、「知能検査結果が軽度ないしボーダーラインの結果を示すということ」としたうえで、軽度発達障害を、「ボーダーライン (ないし軽度)の精神遅滞注意欠陥多動性障害(AD/HD)、学習障害(LD)、高機能自閉症アスペルガー症候群などの高機能広汎性発達障害(HFPDD)など、知的水準がおおよそ正常で、見た目には発達上の問題を抱えていないように見えるが、問題を抱えた子どもたち」の総称とし、「発見されにくく、認知されにくく、(医師からも)理解されにくい。その予後は、「軽度」という言葉にもかかわらず決して楽観できず、やはり「障害」として受け止める必要がある」と啓発している。


おそらく以下の文献であろう。
横山浩之,2005,『軽度発達障害の臨床―AD/HD,LD,高機能自閉症』診断と治療社.ISBN:4787813889


「知能検査結果が軽度」という意味での「軽度」という解釈。高機能広汎性発達障害のように「精神遅滞」の度合い+「広汎性発達障害」という2つの言葉が重なっているということなのだろう。