対人恐怖症と社会不安障害(SAD)の違い


対人恐怖症と社会不安障害(SAD)の違いについて。非常に良くまとまってるのでメモ。

芝山 
 対人恐怖というのは、日本人特有の恥の文化といったところから出てきて、みんなが非常に共感できる、対人恐怖がよくわかるというところから始まっています。海外の人は緊張することなどないのではないかと思ったところ、DSM−IIIに社会不安障害が出てきたのです。本当に目から鱗とは、このことで、世界にも対人恐怖の患者さんが多くいることは一つの驚きでした。
 対人恐怖とSADは人間社会の中で、不安が原因で日常生活に支障を来たす点で重なり合う部分が多いと思います。対人恐怖は少し顔が赤くなるとか、手が震えてしまうとか、言葉が出ないなど人見知り程度から、妄想性障害にいたるまで幅広い概念であるのに比べて、SADは不安障害の一部という位置づけの違いがあります。慶応大学の大野先生は対人恐怖というのは自分の外見を気にしたり、自分が何かすることで人が不快な思いをするのではないかなど、他人の日が気になる「他者配慮的」な考え方が中心で、対人関係を重視する日本的思考パターン。一方、SADは人前で何らかのパフォーマンスをすることについての不安が中心で「自己中心的」なアメリカ的思考パターンを反映していると遠いをわかりやすく説明されています。
(芝山幸久・尾崎進・福西勇夫,2007,「現代社会にみられる社会不安障害」『現代のエスプリ』(480):5-16)