最近読んだ本

「若者論」を疑え! (宝島社新書 265)

「若者論」を疑え! (宝島社新書 265)


いただきもの。俗流若者論の後藤さんによる初めての単著。内容は後藤さんのホームページで展開されている内容を切れ味を良くしてまとめたというもの。「若者論」への違和感を伝えるには最良の本に仕上がっていると思う。


後藤さんと本田さんの対談の中でうちのブログ(28頁)が引用されいる。該当記事はこちら
http://d.hatena.ne.jp/iDES/20070624/1182663898
「新聞紙上に「ニート」という言葉が出てきた回数を取り上げた折線グラフが出ていたのですが、回数がきれいに減っています。」(本田)というもの。


この本の訂正箇所はこちらで公開されるようだ
http://wiki.livedoor.jp/kazugoto1984/d/FrontPage




爆笑問題のニッポンの教養 ひきこもりでセカイが開く時 精神医学

爆笑問題のニッポンの教養 ひきこもりでセカイが開く時 精神医学


いただきもの。NHKで放映されていた番組の書籍化。
放送を見ていた時よりも、本で読んだ方が面白かった。この本の肝は以下のやりとりだと思う。

斎藤
ほら、彼に高校生が投書してきて、あなたの思想の根本は、「愛は負けても親切は勝つ」ですねと。それを見てヴオネガットはその通りだと言ったってね。僕もあれを読んで、僕はじゃあ臨床はこれでいこうと考えたわけですよ。「愛よりも親切」が私のスローガンですね、だから。


田中
愛は負けるけど親切は勝つ。


太田
KANが聞いたら怒っちゃうね。


斎藤
いやいや、愛はあてにならないですから。ひきこもっている子どもを、三〇過ぎても抱えている親の愛だって愛ですよね。あるいは、奥さんを殴っちゃう愛だってあるわけです。子どもが親を殴る愛だってあるわけです。やっぱり愛っていうのはどうも、毒をはらみすぎているっていうか、諸刃の則すぎてですね、ちょっとやっぱりね、治療には使えないんですよね。


支援や・治療に携わる者ならば「愛」があまり役立たないことは実感をもって理解出来るのではないかと思う。状況を良くなることも、悪くなることも最終的には本人次第であり、最終的には本人が背負うべき事である。周りの人間が必要以上に熱くなっても良い結果は生まれない。不登校の子どもに対して将来を案じてする叱咤激励が効を奏しないのも、ひきこもりの息子をを助けるために奮闘する母親が倒れてしまうのも、生きづらいキミを僕が助けてあげるという(ハルヒ的な?)男の子の企てが挫折しがちなのも、それが「愛」に基づいているからである。


心理療法の技法においても同じことが言えるような気がする。心理療法は密室(カウンセリング室)の中での技法であるが、密室という制度には「親切」が「愛」に発展しないように、もしくは、「親切」がずっと続けられるようにという機能があるのではないかと思う。専門知の一つとして、「親切」が長続きするような制度化がなされているのであろう。


密室が使えない「ひきこもり」に対しての支援ってどうしてるんですか?ということを少し前に聞かれたのだけれども、結局、答えは言えなかった。言えないというよりも答えはきっと無い。「危ない人からは逃げるんですよ」ということしか言えないし、来た人すべてに治療をしなければいけない医療関係者と立場が違うからできることでしかないので、これは答えではない。「ひきこもり」というものでは、支援者も当事者も「親切」を生み出す「距離」に留まり続けることが非常に難しいように思うのである。