軽度発達障害という言葉が広まるきっかけになった学会

杉山登志郎,2000,
「軽度発達障害」『発達障害研究』Vol.21, No.4 (20000331) pp. 241-251.
杉山登志郎,2000,「軽度発達障害」『発達障害研究』Vol.21, No.4 (20000331) pp. 241-251.(Webcat

第34回日本発達障害学会研究大会報告
静岡大学教育学部 杉山 登志郎

 第34回日本発連障害学会研究大会は,1999年8月7日(土),8日(日),静岡県総合女性会館アザレアにて開催されました.
「軽度発達障害」をメインテーマに,特別講演,シンポジウム,教育講演がもたれました.また一般演題もメインテーマに添った発表,それ以外の幅広い領域からの発表が数多く寄せられ活発な討議がなされました.また学会場において,高機能広汎性発達障害の集い,また「アスペ・エルデ親の会」の集いがもたれ,全国から集まった方々による交流と情報交換がなされました.


この学会で、軽度発達障害という用語の提唱もしくは検討が行われた記録は残っていない。


このシンポジウムでは、自ら広汎性発達障害を持つ、森口奈緒美氏とテンプル・グランディン氏が参加してシンポジウムが行われている。

 このシンポジウムは,主催者側の意図を越えたものとなりました.日米の高機能者の共通のところと異なったところが,際だって明らかになったからです.診断の告知についてはグランディン博士は是非して欲しい「早くから知れば,克服が容易になる」と述べ,それに対して森口氏は「とても微妙な問題なので,申し上げられません」と述べられました.どんな関わりが助けになったのかという問いに対して,グランディン博士は「自分は幼い頃から優れた先生に巡り会った」と教師への感謝を述べ,森口氏は「どちらかというと関わっていただかない方が良かった」と述べられ,そして「常識辞典があれば良かった」と追加されました.グランディン博士も,発言の中で「自分は目が物を言うと言うことをつい5年前に発見した」と語られました.お二人が共通のハンディキャップを抱えており,しかしグランデイン博士には絶えず手をさしのベてくれる人が居て,博士自身の努力もあってそのハンディキャップを克服してこられたのに対して,森口氏は正に孤軍奮闘の中で社会的な能力を獲得してこられたことが浮かび上がってきました.日本の教育の根元的な問題がこれほど明らかになった瞬間を他に知りません.


興味深いのは、診断の告知について森口氏は「とても微妙な問題なので,申し上げられません」としているところである。この真意が知りたいところである。ちなみに森口氏は『高機能広汎性発達障害―アスペルガー症候群と高機能自閉症』では「百回のカウンセリングよりも一回の診断を」と述べている。とすると、診断を受けて初期に対処するにしても、対処本人には病名の告知はした方が良い場合もあり、しない方が良い場合もあるという意味で解釈するのが妥当だろうか。