井出草平の研究ノート

暴力アスペ


杉山登志郎の記述部分から。
高機能の広汎性発達障害の中には暴力的行為を繰り返すグループが一定数いて「暴力アスペ」と密かに呼んでいるそうだ。この言葉を知らず、かつ興味深い表現だったので掲載しておく。

 それほど多い割合ではないが、多くの高機能広汎性発達障害の児童と出会ってみて、われわれは、暴力的な噴出を繰り返す児童が存在することに気づいた。全体としては高機能児の5%前後で、そう多いものではない。しかし、このグループの子が一人いれば学級崩壊になってしまうほど、この子たちの起こす問題は深刻であった。


 われわれは密かに「暴力アスペ」とニックネームをつけて呼んでいたが、幼児期の言語の遅れはなく、アスペルガー症候群と診断される児童がほとんどで、また知的にもとても高く、正常知能の子どもばかりであった。
 興味深いことに、被らの大半は「心の理論」課題は通過していた。つまり一般的な高機能児が、周囲の人の感情が読めずに非社会的に振る舞うのとは異なった基盤があることがわかる。


この暴力的な広汎性発達障害者は高機能に多いことが判明している。


また、杉山の言う「暴力アスペ」と同一かは分からないが、暴力行動が連続して噴出する広汎性発達障害の研究はあり、山崎晃資*1石井哲*2報告によると1割程度とのことである。この暴力行動は、直接的に犯罪に結びつく訳ではない。アスペルガー症候群や広汎性発達障害のすべてが犯罪を犯すというのは誤解である。ただ、暴力行為が繰り返す者もいることは事実で、そのほとんどは家庭内暴力として現れている。社会へ暴力行為が及ぼさないために家族が防波堤のような役割を果たしているということである。社会的資源を用意し、家族を救済することが一義的には必要である。


杉山も述べているが、学校のクラスの中で暴力が噴出することもあり、机や椅子を投げてケガをさせたり、階段で人を突き飛ばしてケガをさせたりということが教育現場では起こっている。学校の先生たちに聞くと普通にそういう話は出てくるので、特に珍しいことではないのだと思う。特別支援教育では、本人の発達と学習についてばかり述べられているのだが、机や椅子を投げて周りの子どもたちに当たると軽症では済まないので、適切な対応をする必要性があることを喚起しなければならないように思う。特別支援教育の中でこのような高機能の広汎性発達障害は、通常学級の中で受け入れる場合が多いので、特に必要性があるだろう。


杉山は「暴力アスペ」を3つの類型に分けている。

 第一のグループは、大変テレビゲームが好きな子どもたちで、ファンタジーへの没頭も抱えていた。ストレス場面で急にゲームの世界に切り替わってしまい、あたかも変身するかのように暴れ出すのである、興奮の要因として、現実とファンタジーとの切り替えの困難さがあるものと考えられた。特に戦闘もののテレビゲームの影響が色濃く見られ、不快体験などの興奮から戦闘のファンタジーへ横滑りするのである。
 第二のグループは対人的な過敏性が著しく高い子どもたちである。知覚過敏や接触に対する過敏など、集団場面における対人的ストレス耐性が著しく低く、他児からのささいな働きかけや接触に対してパニックを起こして暴れだすという状況が認められた。後ろから肩をたたかれたのに放こうし、いきなり殴り返す子や、さらに「人がいると重い」と述べた子もいる。ただしこのような対人的過敏性は、集団教育の当初はあまり目立たず、あるところから急に増悪するのである。
 第三のグループは、正確な診断が「心の理論」の通過点である小学校高学年以降に遅れ、他者の心理の把握が可能となった時点ではすでに、級友との関に敵対的な対人関係が固定してしまった、中学生以上の年齢の子どもだ。集団場面での他者との交流がことごとく被害的、迫害的に受け取られ、暴力的な反撃を繰り返す状況が認められた。


以下は対処法の例示。

 第一のグループに対しては、ストレス場面で興奮を抑えるための訓練に近い個別のカウンセリングが有効だったが、同時に薬物療法によって容易に興奮を繰り返さないようにすることも必要で、さらに家庭の協力で戦闘型のテレビゲームをやめるようにしてもらわなくてはならない。顔色が変わった瞬間に「先週のドラえもん見た?」とか、その子どもの好きな話題に切り替えると、顔色が平静に戻って興奮を治めることもあったが、これはかなりコツが必要であった。
 第二のグループに対しては、薬物療法に加えて強力な環境調整が不可欠である。通常クラスでの対応はほぼ不可能と考えられる。しかし、どうしても通常クラスで授業を受けることに固執した子どもがいた。どうすればクラスの中でパニックにならずにいることができるのか、われわれは何度も試行錯誤をした結果、クラスの一番後ろに大きな段ボール箱を置き、その中に納まることで何とかパニックにならずに授業を受けることができることに気づいた。異様な風景であったが、ここまでしなくては暴れ出してしまうのである。
 第三のグループに対しては、薬物療法の助けを借りながら、時間をかけて、いたずらに被害的にならないために治療教育的面接を繰り返していくことが唯一の治療方法である。

*1:http://d.hatena.ne.jp/iDES/20080922/1222066391

*2:http//www.autism.or.jp/kenkyuu05/h17-ishii/index.htm