井出草平の研究ノート

寛解と回復と反応率

今回は授業へのフィードバックのエントリ。今週の授業でうつ病について喋っていたのだが、寛解と回復の違いを説明しなかったせいか、どうも混乱したようなので、授業プリントを作るついでにこちらにも書いておこうと思う。内容自体は授業に密着したものではなくて、治療による寛解と回復と効果率の話。


寛解(remission)という言葉は、日常生活ではあまり使わない言葉である。寛解とは病気による症状が好転または、ほぼ消失し、臨床的にコントロールされた状態を意味する言葉である。例えば、鬱状態でうつ気分に苛まれ、ベッドから立つことができないと言う状態が治療することによって日常生活が支障なく送れる程度まで状態が戻ると寛解という表現をする。寛解は回復とは異なる概念である。寛解は薬を飲むのをやめて元気になったということを意味しているわけではない。


以下がモデル図。



Kupferのモデル図*1を改変したもの。森下茂『抗うつ薬の選び方と用い方 その実際』より転載。


寛解と回復の違いは治療上もおそらく重要である。というのは、抗うつ剤寛解した患者さんが「私はもう元気だから薬なんて飲まない」ということがしばしば起こるからである。健康状態を損ねている人に薬を飲ませるより、一見元気になったかと錯覚している人に薬を継続的に飲ませる方が難しい。もちろん寛解した人が薬を抜くと、また症状が再発するのは言うまでもない。


たとえば以前に引用した図は寛解率についてのものだった。



森下茂『抗うつ薬の選び方と用い方 その実際』より転載。

ここで寛解率が95%という値が出ていても、95%が回復まで到達する訳ではない。寛解状態になっても、必ずしも回復するとは限らない。
また「再発」についても大いに気をつけるべきである。「大うつ病」の場合、約三分の一は「部分的にしか、もしくはまったく治らない」とされている。DSMによれば以下のような経過をたどる。


・初発の大うつ病患者が一度良くなっても、次に再発する確率は約六〇パーセント
・過去に二回うつ病を経験している人が、三回目に再発する確率は約七〇パーセント
・過去に三度のうつ病を経験している人が、四回目に再発する確率は九〇パーセント

 また、入院した大うつ病の患者を一五年以上フォローアップしたオーストラリアとイギリスの研究でも、その後一度もうつ病を発病しなかった症例は、全体の五分の一にしかすぎなかったという報告もあります。
−−−−西城有朋『誤診だらけの精神医療』156-7

うつ病に一度なるとすっきり治りきるというのは確率から言って少し難しい。薬の有効率にもこれは反映している。



森下茂『抗うつ薬の選び方と用い方 その実際』より転載。


再発例に関しては、いずれの薬剤も有効率(寛解率・快復率にあらず)が落ちる。反応率とは薬が効いたということだが、薬の効きも落ちてしまうのである。



WHOによると精神障害の予後にいては以下の数字が上げられているようだ。

  • うつ病・・・・60%の人が回復 (いわゆる治った状態)
  • 物質依存(薬物・アルコール依存)・・・・60%以上が改善
  • てんかん・・・・73%以上が発作なく生活
  • 統合失調症・・・・77%以上が症状再発なく生活

うつ病に関しては、4割程度は寛解しても再発を繰り返すなり、継続治療をしていくなりして、「回復」まではたどり着くことはできない。世の中の病気のほとんどが治らないという事情を考えると、わりと治る部類の病気だという印象は持つが、「心の風邪」(誰でも治る)と表記するには少し無理がある。


最後に「反応率」という言葉について。

 一般の人(実は、医療関係音でも知らない方は多いのですが)は、反応率(Response Rate)を、「ほとんど元通りにうつが治った状態」というふうに解釈してしまっていることが多いのですが、これは精神医学的には、「うつ病の症状が元々の悪い状態から五〇パーセント以上減少したとき」という定義でしかないのです。
 それでは到底、元通りの健康な状態とは呼べないはずですし、うつ病の症状が半分になったところで満足する人などいないでしょうし患者さんが望んでいるのは、寛解率(Remission Rate)といって、ほとんど精神症状がなくなった状態 (=もともとの元気だった状態)なわけです。
 そして、この寛解を得られるのは、たとえば最初の薬物に反応した七割の患者さんの中でも、半分に満たないということがわかっているのです。
−−−−西城有朋『誤診だらけの精神医療』156-7


こちらはまた薬関係のグラフ。蓄積有効率と書いてあるので、ハミルトン尺度が半分になる反応率とは違うのかもしれないが、反応率には近い概念だろうと思われる(引用されている原著を読んでいないのでわからない)。



森下茂『抗うつ薬の選び方と用い方 その実際』より転載。


このグラフを見る限り、SSRISNRIの反応率は最終的には100%になっている。つまり何らかの状況改善はできることを意味している。しかし、これが必ずしも寛解を意味している訳ではない。


論文を読む側としてはある意味の常識的な話ではあるのだが、このようなものを授業で話すとやはり混乱が起きる。「薬が有効であるなら回復するだろう」という予期が起こっているではないかと思う。治らない病気の方が多いというところからスタートしていると、うつ病における抗うつ薬の存在は驚異的な有効性を持っているように感じられる。授業では、うつ病の前に摂食障害を扱って、薬はそれほど有効ではない、うつ病のように期待はするべきではないという話をしていたので、うつ病は薬で治せるというように理解されてしまったようだ。