発達障害を持った子どもたちのメンタルヘルスと特別支援教育についての感想

『こころの科学』LD・AD/HD特集号から品川裕香の論文。
LD・AD/HDなどの診断を受けた子どもたちのその後について取材をして、特別支援教育への提言を行っている。
リストカット、うつ、不登校、ひきこもりと言ったものの背後に発達障害があるということからはじまる。

品川裕香,2009,
「大人になるまで・大人になってから−−厳しい教育・社会の現状とその打開策−−」
『こころの科学』145号,79-84.


AD/HDとアスペルガー症候群と診断された男子のインタビュー。

 「僕はね、温室から寒風吹き荒ぶ南極大陸に放り出されたようなものだったんです。中一のときにADHDだのアスペルガー症候群だの言われて、それなりに丁寧な指導を受けてきたけれど、結局、理解してくれる人が誰もいない集団のなかではまったくのダメ人間だった。診断されていたり、診断名に応じた指導を受けたからといって、社会に適応できる力がついたとは言えなかったんです」
 ジャニーズの"嵐"の大野智似の青年・ナオキの取材を開始したのは、今から七年も前のことである。最初はADHDと言われ、のちにアスペルガー症候群もあると診断されたナオキは、両親が中学校教員だったことや通っていた学校にナオキのことを理解しようとする教員がいたこと等が幸いし、二〇〇七年四月にスタートした特別支援教育のお手本ともいえるような教育を受けて育った。
 「特性を理解してくれる先生も親も友人もいなければ、僕は自分一人では何一つうまくできない、みじめな存在だったんです。みんな 『ADHDだしアスペもあるんだから、しようがない』と慰めてくれます。それはそれでありがたいことなのですが、僕はすごく複雑な気持ちになる。テレビに出てくる発達障害者たちは障害を売り物にしているみたいで僕はいやだけれど、海外には、ちゃんと自分を知って、苦手さをコントロールし強みを活かして働き、しかも生活も謳歌している人がたくさんいると聞いています。
 結局、ADHDアスペルガー症候群だからダメなのではない。苦手な面を曖昧なままにし、強みを活かす術も身につけず、失敗経験ばかり積み重ねて自信を失い、周りからも 『かわいそうな障害者』 とレッテルを貼られる。そういった経験のすべてが俺をみじめにさせ、無気力にさせていくんです」
 慎重に話していたナオキは、途中から機関銃のように激しい言葉を発し続けた。
 「でも、こんなこと、大人になってからわかっても遅いんですよ。若いうちになんとか訓練しておかないと。俺はね、親や先生に感謝はしているけれど、恨んでもいる。子どものときに、社会の中で生きられるようにもっとちゃんと訓練を受けたかった。社会に出てから何が足りないのかわかっても、障害者としてラベルを貼られてしまってからでは一段下の人間として扱われて終わり。それが日本の現実です。まあ、今の俺は、事実、そうだからしょうがないっすけど」
 ナオキは数年前にうつと診断され、今では抗うつ剤精神安定剤を飲み、心理療法にも通っている。今も年に数回会うのだが、心身の状態はなかなか回復しない。


LDと診断された女子のインタビュー。

 英語がまったくできなかったことがきっかけで中学二年時にディスレクシアと診断された高一の女子は、診断されただけで自分の人生には何のメリットもなかったと吐き捨てる。
 「私は将来、いい高校に行って留学したいと思っていた。でも毎晩三時まで勉強しても、アルファベットは覚えられないし、英語だけでなく、ほかの教科の成績も上がらなかった。そうしたら、ある時、LDじゃないかと保健室の先生に言われて・・・・。診断があれば、専門の教育が受けられて英語もほかの教科もできるようになると聞いたから診断を受けました。
 でも、実際は全然違った。診断書を出したら、今度は『無理に勉強しなくていい』と先生に一言われました。結局、英語の読み書きができるようにはならなかったし、ほかの教科ができるようになる方法も教えてはもらえなかった。だったら、診断なんて必要なかったと思う。中学三年にもなれば、内申書が悪ければいい高校には行けないことがわかる。だから、将来のことなんてどうでもよくなった」
 大人なんて信用しないと宣言してプロフを開き、援助交際等の反社会的行動に走った中三当時の彼女が筆者に語ったのはこんな言葉だった。
 「どれだけ頑張っても全然勉強ができるようにならないことがどれだけミジメなことかわかる? 部活でも、ミスをするたびに『勉強もできないうえにバレーもへたくそな学校のお荷物』って言われた。もう、息するのも苦しい。私はね、カレシとエッチしているときだけミジメじゃなくなるんだよ」
 その左腕にはカッターナイフで切りつけた傷が何本もついていた。


特別支援教育には診断書が必要だとそういう誤解が広まっているようだが、特別支援教育には診断書は不要である。小児精神科は1年待ちが珍しくないという状況で、診断書も手に入らず、特別支援教育にもしれてもらえないしどうしよう、みたいなことを時々聞かれたりする。そのときには診断書は不必要で、学校の先生にもそのように言って欲しいという他はないのでそのように言うことにしている。受け入れ側である学校の現場での誤解が解けるのはしばらく先のことになりそうだ。


さて、以上のことから品川は特別支援教育について次のように述べている。

 以上から指摘できるのは次の点である。
 まず「無理はしなくてもいい」「ADHDは個性だから動き回るのはしょうがない」というような指導は、結果的にその子の「将来の可能性」を見据えた指導にはならないこと。
 次に「字を苦くのが苦手なら無理に苦かなくてもパソコンを覚えさせよう」「計算が苦手なら電卓を使わせよう」という代替機能の使い方ばかりで基礎基本のアカデミックスキルを教えないこともまた、その子の将来の可能性を見据えて「徹底的に指導する」ことにはならないと指摘できる。
 また、いくら将来を見据えて徹底的に指導をしたとしても、特別支援教育を「特別な場で行う個別指導」と捉えて、いじめや不登校までをターゲットにした学校経営や学級経営、授業づくりなどが行われなければ、結果的にいじめや不登校になり、将来社会から排除されやすくなってしまうリスクが上がることも見逃せない点である。
 右記三点を克服するためには、個々の子どもの認知特性や学習スタイル、情報処理や記憶パターンなどの多様性を踏まえたうえで、個別で徹底指導しつつ、かつ集団指導の中でも対応する必要がある。しかし、教育現場には医学モデルと機械論的な指導が主流となりつつあり、これもまた見過ごせない要素である。
 医学モデルとは、多動な子どもをみたら、ほかの可能性を考えずに安易にADHDだとラベリングしてしまうことである。こういう場合はえてして、診断があれば指導や支援の対象だが、診断がなければ通常学級内で今までどおり頑張れ、という指導になりがちである。
 機械論的な指導とは、ADHDならこう、アスペルガー候群ならこう、というような直線的な見方に立った指導のことである。全人的な視点に立つことなく、問題や原因がこうだからこれが結果でこう解決していく、という指導には限界があり、時に期待とは正反対の結果をもたらすこともある。これも前述の子どもたちの話からもわかるとおりである。


発達障害には、広汎性発達障害の暴力、AD/HDの非行化といった他害行為のみならず、自害行為のリスクも当然ある。この論文は、彼らに何ができるかということを考える機会をくれる貴重なもののように感じる。


以下はこの半年の自分の仕事についての感想。


特別支援教育の課程内容を教職課程で教える仕事を前期にしていて、品川の言う三点の問題点については何度も繰り返したつもりである。感想を読む限りこの3点については情報として学生には通じた感触がある。ただ、機械論的な部分が相当あったのも事実である。広汎性発達障害の子にはソーシャルストーリーを使った指導法を中心に述べて、読み・書き・聞き取りができない、算数ができないなど場合分けして、どのような指導法があるかという紹介はした。多様性があるということは紋切り型の機械論的な指導が通用しにくいということなので、ダメだった場合、分析をしてどうしてダメだったかを考え、トライ&エラーを繰り返してアプローチの方法を学生たちに考えてもらうという模擬的な授業もしたが、やはり足りないという実感である。講義式の授業には限界があり、学生たちが今まで体験してきていないようなことで模擬的なロールプレイをするのはなかなか難しかった。今期の授業は悪くはなかったと思うのだが、もう少し工夫できるかもしれないと思った。