ロストジェネレーションは計量的に支持されない

ロストジェネレーションというのは1973〜1982年生まれの世代のことを指す*1。景気の悪かった、いわゆる「失われた十年」に就職をしなければならなかった世代である。彼らは不景気により、正規雇用を得ることができず、割を食ったということである。2005年に景気回復があり、これ以降の世代は就職状況が良かったという認識から、狭間の世代がロストジェネレーション(ロスジェネ)と呼ばれている。


ロスジェネのうち先頭の1973年生まれの人は高卒で1992年、短大卒で1994年、大卒で1996年に就職している。一番後ろの1982年生まれの人は高卒で2001年、短大卒で2003年、大卒で2005年(就活は2004年)に就職した人である。


Wikipediaにはこのような解説がある。

この氷河期世代には、安定した職に就けず、派遣労働やフリーターといった社会保険の無い不安定労働者(プレカリアート)である者が非常に多い。『反貧困』の著者である湯浅誠によると、負傷で解雇された氷河期世代派遣労働者は、「夢は自爆テロ」と言い放ったという[2]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%B1%E8%81%B7%E6%B0%B7%E6%B2%B3%E6%9C%9F

このように危機感を煽る言論が多々見られる。『ロスジェネ 創刊号』という雑誌も創刊されているし、「ロスジェネ論壇」というのもあるらしい。ロスジェネ仮説は当たり前のように(特に左よりの言論人から)支持されているが、この仮説を支持することというのは、どういうことかを少し考えてみなければいけないのではないかと思う。





大卒新卒の求人率倍率をみると、景気が良くなれば新規採用の雇用は改善されているように思える。このような見方ができることからもわかるように、ロスジェネ仮説を支持するということは、景気循環仮説を支持することを意味している。つまり、景気の悪い「失われた十年」に学校卒業をしたから、正規雇用を得られなかったので、景気が良くなれば、正規雇用につけるということである。ロスジェネ仮説の背後には、景気循環仮説がある。そこから導き出される処方箋は雇用回復のためには、景気回復を最優先にすることになる。はたして、これは真実なのだろうか?



若年非正規雇用の社会学‐階層・ジェンダー・グローバル化 (大阪大学新世紀レクチャー)

若年非正規雇用の社会学‐階層・ジェンダー・グローバル化 (大阪大学新世紀レクチャー)


太郎丸博の本では、下記の2つをロスジェネ仮説としている。

(仮説1)性別と年齢をコントロールしたとき、「失われた世代」の非正規雇用率は、「ポスト失われた世代」よりも高い。
(仮説2)性別をコントロールしたとき、2004年以降「失われ た世代」では非正規雇用率は減少していないが、「ポスト失われた世代」では減少している。


つまり、景気循環仮説が正しければ、ロスジェネ世代より、そのあとの「ポスト・ロスジェネ世代」(1983年生まれ〜)の方が、非正規雇用が少ないはずである。しかし、実態はそうはなっていない。




上に行くほど非正規雇用率が高い。男性・女性ともロスジェネ世代より、ポスト・ロスジェネ世代の方が非正規雇用率が高いことが示されている*2

15〜24歳時点に関しては、「失われた世代」よりも「ポスト失われた世代」のほうが非正規雇用率が高いのである。要するに、若い世代ほど非正規雇用率は高まる傾向があるのであり、そのような傾向は、単純に就職した時期の景気動向に還元できないのである。(pp144)


景気回復によってもたらされた雇用状況の好転は大学新卒者に限ってのことなのだ。ロスジェネ仮説が大学新卒にしか焦点を当てていない視野の狭い議論(高卒者のことなどは考慮されていない)ことがわかるのである。


そして最も重要なことは「若い世代ほど非正規雇用率は高まる傾向がある」ということである。年齢の高い世代ほど非正規雇用が少ない=正規雇用についていることがはっきりとグラフから確認されることである。


若年者の正規雇用率が高まっていくのは、1980年くらいから始まる長期トレンドであるが、景気回復によって、この傾向が変化したことはない。変化したのは、大卒ホワイトカラーという恵まれた立場の人間たちの就職率(正規雇用率)が高まった程度である。景気回復による正規雇用の椅子は新卒の大卒ホワイトカラーに吸い取られて、就職の難しい高卒者や労働市場全体にまでは波及しない。現在の若年非正規雇用問題というのは、景気回復では決して解決しないのである。


非正規雇用正規雇用という「身分」の差というのは、景気回復でどうにかなるものではない。ロスジェネ仮説というのは、弱者擁護(ロスジェネの当事者が不利益話被っているというアピール)と意図されて主張されているのだと思う。ロスジェネ仮説を主張する人たちはいくつかの重要なことに気づいていない。


第一に、ロスジェネ仮説は間接的に景気循環仮説を支持していることになる。
第二に、ロスジェネ仮説を主張することは80年代から既に始まる「若い世代ほど非正規雇用率は高まる」という日本の労働力市場の構造を隠蔽することになる。


若年非正規を擁護するためにロスジェネという論点を使うことはおそらく有害である。
なぜならば、第一に、景気回復によって非正規雇用問題が解決するような俗説を広めることになるからだ。景気回復によって非正規雇用問題ができないことは、日本だけではなく、イギリスの若年非正規雇用研究Ashton et al.(1990)*3などでも実証されている。
第二に、非正規と正規の待遇差をなくして、所得移転をするという本来されるべき議論がどこかへ飛んでいってしまうからである。


私たちは非正規雇用を議論する時に、ロスジェネという言葉がどのような「効果」と「意図せざる結果」を招くかということを考えていかなければいけないのではなかろうか。

*1:朝日新聞が2007年の年始にロストジェネレーションという特集を組んだことからこの用語が定着した

*2:グラフは太郎丸博『若年非正規雇用の社会学‐階層・ジェンダー・グローバル化 (大阪大学新世紀レクチャー)』145ページより

*3:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0333451708/