井出草平の研究ノート

WMH日本調査におけるひきこもりの疫学調査

WHOの世界精神保健(WMH)の一環として行われたひきこもりの疫学調査

小山明日香,三宅由子ほか「地域疫学調査による「ひきこもり」の実態と精神医学的診断について−平成14年度〜平成17年度のまとめ−」
『平成18年度厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)こころの健康についての疫学調査に関する研究研究協力報告書』


ひきこもりを抱える世帯は、全国で約26万世帯(95%信頼区間15万〜36万)。これが3回目の疫学調査になる。1回目は41万人(点推定)、2回目は32万人(点推定)であった。手法や対象が異なっているので単純には比較はできない。また、前の調査より点推定値が減ったからと言って、ひきこもりが減ったと判断すべきでもない。


以下は要旨。

 研究要旨:本研究では、平成14年度から平成17年度にかけてのWMH日本調査と合同で行った「ひきこもり」経験についての面接調査の結果を検討した。20歳から49歳までの対象者(1660人)に対して、これまでに「ひきこもり」といえる経験があるか否か、あった場合はその時期(年齢)、期間などについて回答を求めた。また、全対象者(4134人)に対して、現在「ひきこもり」の状態にある子どもがいるかどうかを尋ね、いると回答した場合はその子どもの年齢を尋ねた。その結果、「ひきこもり」を経験したことがあるのは19人であった。これは全対象者のうちの1.14%(95%信頼区間0.63%〜1.66%)にあたる。「ひきこもり」経験者で生涯のうちにいずれかの精神医学的診断基準を満たす状態にあったことのある者は12人(63.2%)であった。「ひきこもり」期間中に診断基準を満たしていた者は8人(42.1%)であり、診断としては大うつ病エピソード、全般性不安障害社会恐怖などがあった。現在「ひきこもり」の状態にある子どもがいると答えた回答者は23人であり、これを世帯単位の調査と考えれば、4134世帯中23世帯にそのような問題が存在すると考えられ、その率は0.56%(95%信頼区間0.33%〜0.78%)である。この率を平成15年度の全国の総世帯数にかけると、約26万世帯(95%信頼区間15万〜36万)となる。本調査から、地域疫学調査に基づく「ひきこもり」の実態が明らかになった。「ひきこもり」という表面的な現象は似ていても、それが起こる年代、個人の背景、精神医学的診断の有無など、内容は様々である。そのことを念頭においた多面的なアプローチが必要である。

以下は年齢に関しての結果(95%信頼区間)。男性が多いというのは今まで通りの結果だが、30代よりも40代が多いという結果になっているところは注目である。



「ひきこもり」経験者の人口統計学的特徴
経験者/対象者 95%信頼区間
全「ひきこもり」経験者 19/1660 1.14 0.63-1.66
性別
 男性 14/716 1.96 0.94-2.97
 女性 3/944 0.53 0.07-0.99
年齢
 20-29 9/406 2.22 0.78-3.65
 30−39 2/567 0.35 0.04-1.27
 40−49 8 / 687 1.16 0.36-1.97

 本調査結果で、20歳代の「ひきこもり」経験率は2.22%ともっとも高かった。また、40代で「ひきこもり」を経験したことがある者も1.16%存在し、30代の0.35%に比べて高かった。40代で「ひきこもり」を経験したことのある者について詳しくみてみると、3人は40代になってからの経験、4人は20代での経験であり、1人は不明だった。「ひきこもり」の状態にある子どもがいると回答した対象者23人の子どもの年齢は、20代までが多い(12人)が、30代40代も6人存在していた(不明5人)。
 これらのことから、近年若年齢の「ひきこもり」が急増していることが確認されたが、一方で、30代40代で「ひきこもり」になる例も一定数存在すること、また「ひきこもり」が近年ほど多くはないものの以前からみられる現象であったことも示唆された。なお、若年齢での「ひきこもり」と、30代40代での「ひきこもり」とでは、きっかけや意味が異なる可能性がある。


「若年齢での「ひきこもり」と、30代40代での「ひきこもり」とでは、きっかけや意味が異なる」という示唆は非常に重要だと思われる。不登校の延長としての「ひきこもり」ばかりに焦点が当たっているが、「ひきこもり」という状態は不登校の延長からのみ生じる問題ではない。さらなる研究が必要な部分である。


以下は調査の限界について。自分の家族にひきこもりがいるというのは言いにくいことであるので、数値としては低めにでていると判断している。

 しかし、現在または過去に「ひきこもり」を経験した者や世帯に現在「ひきこもり」の者が存在する者の、調査への協力率が低い可能性があり、本研究において示された「ひきこもり」経験率および「ひきこもり」のいる世帯の推定値は「低め」に見積もられたものであると言わなければならないだろう


ちなみに、この調査はWHOの世界精神保健(WMH)の一環として行われたものである。ただし、日本の調査だけ「ひきこもり」についての質問項目が加えられている。はたして海外に「ひきこもり」がいないのかいるのかはわからないが、「ひきこもり」が社会問題化しているのが日本だけであるという背景から行われたものだと思われる。

interview:WHOによる精神と行動の障害地域疫学調査のために世界共通で使われているWMH調査票・構造化面接質問紙コンピュータ版)による精神科診断面接法を訓練された調査員による戸別訪問の面接により行われ、「ひきこもり」セクションをCAPIに付け加える形で調査された。