終身雇用の幻想

パオロ・マッツァリーノコドモダマシ―ほろ苦教育劇場』で引用されていた文献。昔の日本では、終身雇用をされていたりで安心して生活をできていたが、最近は不安定な生活になってしまったというようなことを最近よく聞く。しかし、そもそも終身雇用というものが日本で達成されたことなどあるのだろうか?

隅谷三喜男,1981,
日本的労使関係論の再構築
日本労働協会雑誌  23(1)  p1-3 

年功制の発見は必然的に長期勤続の認識をもたらしたが、この関係を終身雇用と規定したのは、アメリカのアべグレンで、五〇年代の後半急速に労使の間に受けいれられた。もっともこの場合にも、終身雇用は日本の伝統的な社会関係の存続形態とみられていた。
 このような日本的労使関係は、はじめ諸外国の研究者の問で奇異の眼をもってみられる一方で、急速に国際的に承認されるに至った。日本の労働問題に関心をもった外国の研究者は、多少の誤解を交えながら、年功制(seniority system)と終身雇用(life-time employment)と企業別組合(enterprise union)とを、日本の労使関係として受けとめたのである。
 そこで、今日、日本の労使関係といえば、誰もこの三つをあげることとなり、それはいわば、学界のみならず、労使の間においても、公認の規定となったのである。
 だが、これら三つの関係は、いかなる意味において日本の労使関係といえるのであろうか。というのは、年功制、終身雇用、企業別組合という労使関係は、日本の一部の労働者に、否過半の労働者にさえ適用できないのである。それは第一に、大企業の労使関係を説明するものとしては、有効性をもっているが、必ずしも中小企業の労使関係には妥当しない。今日、大企業を従業員規模三〇〇人以上とみるとしても、その労働者数は全雇用者の三〇%にすぎない。第二に、それは男子労働者には妥当するが、女子労働者の労使関係を説明するものではありえない。女子労働者は全体の三分の一を占めるから、いわゆる日本的労使関係がカバーしている労働者は、日本の全労働者の二〇%にすぎないわけである。とすると、日本的労使関係といわれるものは、果して日本の労使関係を説明しているといえるであろうか。


ちなみに1981年の論文。