アクティヴ・インタビュー

アクティヴ・インタビュー―相互行為としての社会調査

アクティヴ・インタビュー―相互行為としての社会調査


本書では社会調査をインタビューアーが情報を対象者から得るというとらえ方をしない。調査という場において、インタビューアーと調査対象者の相互行為によって物語や意味が構築されていくと考えている。

 私たちがこれまで情報のストックと呼んできた、物語を話すためのリソースへのアクセスは、回答の容器にアクセスするような受け身的なものではない。情報のストックが実質的な内容を持ちながら、再帰的に起こり、同時にその場で作られていくという特徴を持っているので、そこにアクセスするためには受け身的というより、もっとダイナミックなアプローチが必要になる。回答者は、インタビュアーの手助けによって、自分の情報のストックのそれぞれ異なった局面を「活性化」する。(pp.89)

「回答の容器」とは、容器に情報があり、インタビューアーがそれを回収するというイメージで使われている用語である。これは、一般的に考えられているインタビュー観と言える。
そういったいわば伝統的な調査観では、質問項目はあらかじめ決められており、その手順通りに質問をして回答を回収するのが良いとされがちだが、著者らはインタビューをこのように捉えていない。インタビューアーの役割を客観的なエージェントと位置づけず、インタビューの局面で意味構築をするために「活性化」する役割に位置づけている。したがって、質問項目があらかじめ決められた機械的なインタビューではなく、アクティブに調査対象者と共に意味構築を行うように提唱している。

 この公正無私な触媒としてのインタビュアーというイメージは、インタビューの実践とどうもしっくり合わないように思える。たとえインタビュアーは「あたかもスポンジのように、ただ情報を吸い上げ、こちらからは何も返してはいけない」(Backstrom & Hursh, 1963, p.135)と言われたとしても、コンヴァースシューマンが説くところによれば、インタビュアーは会話をする文脈であるにもかかわらず、中立的な探求を行うという「途切れることのない板ばさみ状態」 に直面する(Converse & Shuman, 1974, pp.22-36)。だが、関与せずにいようとする試みはたいてい挫折する。じっさい、ある研究によって示されたところでは、サーベイ調査のインタビューが始まってからインタビュアーが発した言葉の五〇パーセントほどは、計画された質問でも中立的な探索でもない別の事柄であった(Cannell, Fisher, & Maquis, 1968)。会話は単なる偶発的な「おしゃべり」ではなく、そこには研究遂行にとって重要な発話が含まれている。(pp.102-103)

活性化を重要視すると調査とは関係がないと思われる話をすることが必要になってくる。様々な迂回路を通ることによって、対象者は刺激を受け、様々なことを思い出したり、別の角度から語り始める。「インタビュアーが発した言葉の五〇パーセントほどは、計画された質問でも中立的な探索でもない別の事柄」を話すことが必要になってくるのだ。

インタビュー内容とは関係ないことをインタビューの時に話すことが重要であるということは、調査を重ねてくるとごく当たり前のことなのだが、このように理論化して整理すると興味深い。


本書の考え方について検討することがあるとすれば、反証可能性との関係性である。

 向けられていると想定している。したがって、インタビューのなかで生まれてくる意味は、インタビューという相互行為の内部でアクティヴに構築されるものなのである。すなわち、インタビュアーの質問と、回答者の有意味な回答の内容を解釈する作業は、インタビューの開始の時点で一回きりのものとしてなされ、そこで最終的に決定されるわけではないし、同様に、さまざまなトピックや、それに関連した質問が導入されたときに一回きりのものとして決定されるわけではない。つまり、意味の構築作業は絶えず継続的に展開していくひとつのプロセスなのである。(pp.133-134)

そもそも構築主義反証可能性の議論は相性が悪いのだが、このような記述では特にそれが目立つ。インタビューのなかで意味の構築作業が絶えず継続的に行われるものであるならば反証作業は難しい。検証される命題の析出ができないからだ。反証可能性ではない形で科学であることを担保できればいいのだろうが、どのようにすればいいのだろうか。もちろん会話分析のような限定した局面を切り取るのではなく、構造主義精神分析でもなくという意味で。