寺子屋の振興政策


享保期の寺子屋の話。寺子屋の師匠は特別扱いをされていたこと、奨励賞のようなものが出されていたようだ。民衆の力で手習が広まったのは事実だが、それを奨励する政策もささやかながら行われていた。

寺子屋師匠には帯刀が許されていたという。

享保六年(一七二一)六月十三日に達せられた次の文面により、寺子屋師匠の帯刀が許可されていた事は明らかである。
これまでにも、苗字の使用や武家地への居住許可など、寺子屋師匠が一般の町人とは一線を画した存在である事をうかがわせる記録は少なくない。

寺子屋師匠への奨励も行われていた。

優秀な寺子屋師匠に褒美が与えられていたことは先に述べたが、天保十四年(一八四三)十月十九日に実施された褒賞の際には次の一文が添えられている。

町々手習師匠致スモノ、筆道而己ナラス弟子共教育ノ儀、先達テ書取ヲ以テ申諭置候慮、其者共儀厚ク趣意ヲ守、際立弟子共教育方寓端行届、深切深ニ取扱候趣相聞、一段ノ事ニ候、依之審理

この時褒賞を受けた寺子屋師匠十二名の調書が残されている。延べ人数ではあるが御高札を教えていた(十名)・六諭衍義を教材とする(二名)など、いずれも「厚く趣意を守った」師匠たちであることは間違いない。

つまり、単なる手習いだけではなく、道徳教育も同時に行うことが奨励され、それを率先した者に奨励が行われていたようである。