井出草平の研究ノート

近世教育の概要


近世民衆の手習いと往来物

近世民衆の手習いと往来物


この本のテーマはまったく違うところにあるのだけども、よくまとまっていたので、引用。

近年の研究の進展は、近世民衆の読み書き計算の力量形成が決して低位にあるのではなく、江戸初期から手習い、読書の稽古、そして寺院教育から脱却した市井の生活のなかで民衆生活に必要とされる需要の高まりと共に、それらに促されて寺子匡、学問塾などが開業されて文字の読み書き、計算の稽古がまず都市を中心に次第に盛んとなっていった。
そして近世中期に至れば、かなり読み書きは近世社会全体に一般化し、識字層が社会的な階層として形成されてきたと考えられる。女性の読み書きの普及が近世中期、宝暦期ころに画期を迎えると推測されていることは、識字層の深まりを示唆しているであろう。また学者や知識人も民衆の識字層を対象にして著作物を発刊するなど、明らかに民衆の識字力の増大により新たな認識の変化を体験していると考えてよい。
そして近世後期から幕末にかけては爆発的な教育熱の高まりをみるとされてきたように、社会において民衆は読み書き計算の形成が、生活上必要不可欠な能力であり、また家業の継続において、あるいは後継者の育成において欠かせない基礎的な教養であり、ひとりの農民としてあるいは商人・職人として自立するには必要な獲得しておくべき教養であり文化であることを受容するに至っている。従って成長する過程において七歳ともなれば家業を前提に読み書きの稽古や教養の学習に専念する期間を四−五年は親が子どもに確保してきた。これらを家庭や家族で担える部分は担いながら、しかし村落共同体であるいは町で共同して子どもにより質の高い体系的な基礎的な読み書き計算能力の形成と教養修得、しつけや人生に必要な諸々の知識を集中的に学ぶ機会を保障してきた。