いじめの諸定義

小林英二・三輪壽二,2013,
「いじめ研究の動向 : 定義といじめ対策の視点をめぐって」
茨城大学教育実践研究』(32): 163-174.

文科省は,2006 年に,いじめを,「当該生徒が,一定の人間関係のある者から,心理的・物理的な攻撃を受けたことにより,精神的な苦痛を感じているもの」(文部科学省通知)として,それまでの定義を変更した.

文部科学省. 2013年1月28日現在.「学校におけるいじめ問題に関する基本的認識と取組のポイント」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/06102402/002.htm

柳田(2011)は,この文科省の新しい定義を肯定的に評価して次のように述べている。「この定義の特徴は,生徒の未熟さによるトラブルや軋轢と深刻な攻撃を区別しないこと,そして,攻撃の特質にかかわりなく当該生徒が苦痛を感じているものすべてをいじめと定義することにある。

以前の定義(1995 年)は,『自分より弱いものに対して一方的に,身体的・心理的な攻撃を継続的に加え,相手が深刻な苦痛を感じているもの』であるが,ここにおける『一方的』『継続的』『深刻』という特質の区別が,『一方的ではない』『継続的ではない』『深刻ではない』,さらに3 つすべてに該当しないのでいじめではないなどの理由によって,いじめ把握を困難にしてきたからである」と述べ,以前の定義のような第三者によるいじめの判断では,それを発見するのは難しいと指摘する。

柳田泰典.2011.「いじめと嗜虐的攻撃に関する研究―内藤朝雄『いじめの社会理論』を中心に―」『長
崎大学教育学部紀要』教育科学75,11-24.

新保(2008)は「この定義ではあまりにも『いじめの境界』が広がり,単に本人が『精神的苦痛を感じている』か否かだけで判断していいのかなど,逆にあいまいさが際だつ」と述べ,いじめの定義が逆にいじめをあいまいなものとしていると指摘している。

新保真紀子.2008.「現代のいじめ―大阪子ども調査を中心に―」『神戸親和大学児童教育学研究』27,24-39.

スウェーデンにおいていじめの研究と対策実践に取り組んでいるダン・オルウェーズ(Olweus,D)(1995)は,いじめを「ある生徒が,繰り返し,長期にわたって,一人または複数の生徒による拒否的行動にさらされている場合,その生徒はいじめられている」と定義している。

ダン・オルウェーズ(Olweus,D).1995.『いじめこうすれば防げる―ノルウェーにおける成功例―』14 頁(川島書店)

森田・清永(1994)は,「いじめとは,同一集団内の相互作用過程において優位にたつ一方が,意識的に,あるいは集合的に,他方にたいして精神的・身体的苦痛をあたえることである」としている。

ミッシェル・エリオット(Elliot,M)(1999)は『いじめと闘う99 の方法』において,「いじめとは,ほかの人間を傷つける目的で攻撃すること」と定義している。その中で「ふつういじめはひとりの児童に対して,一定期間集中的に行われますが,たった一度だけの場合もあります」と述べている。

ミッシェル・エリオット(Elliott,M). 1999.『いじめと闘う99 の方法』9 頁(講談社

神谷(1993)は,「学校の中でほぼ同年齢層の児童・生徒の間で優位にたつ一方が,標的となる他方に対して,心理的または身体的・物理的に,意図的に傷つけたり,害を加えたりする行為」と定義している。

神谷かつ江.1993.「いじめに関する一考察」『東海女子短期大学紀要』19,197-206.

遠藤ら(1997)は,幼児期のいじめを研究する過程で,いじめを「同一集団内で単独又は複数の成員が,人間関係の中で弱い立場に立たされた成員に対して,身体的暴力や危害を加えたり,心理的な苦痛や圧力を感じさせたりすること」と定義した上で,「このような意図的な行為は幼児の場合,一般的には成立しにくいと考えられる。

遠藤良江・和田信行・井上千枝美・河邉貴子.1997.「幼児期の「いじめ問題」をどう考えるかその(1)―幼児はどのようなときに,「いじめられた」と感じるか」『日本保育学会研究論文集』50,594-595.

畠山・山崎(2003)は,過去の諸研究を概観し,いじめの定義には3つの要素が共通していることを指摘している。すなわち,①加害者は複数である,②加害者が被害者に対して長期的かつ繰り返し攻撃的行動や拒否的行動を行う,③被害者が精神的な苦痛を抱く,の3つである。そして,いじめを「ある子どもが,継続的に複数の子どもに攻撃・拒否的行動を受け,精神的苦痛が生じた場合,その子どもはいじめられている」と定義している。

畠山美穂・山崎晃.2003.「幼児の攻撃・拒否的行動と保育者の対応に関する研究:参与観察を通して得られたいじめの実態」『発達心理学研究』14 巻3 号,284-293.

このように,いじめの定義についての諸議論を概観してみると,いじめを定義する際には,6 つの視点があることがわかる。すなわち,(1)加害者の人数,(2)立場の優位性の有無,(3)継続性の有無,(4)加害者側の意図性,(5)攻撃の種類,(6)被害者側の苦痛,である。これらの視点から,

(1)加害者の人数:人数については,いじめを行う側が,単数か複数かということである。文科省の定義(新・旧いずれも)をはじめ,多くの研究者は,人数については明確にしていないが,“加害者は複数”という考え方に立っているように推測される。
(2)立場の優位性の有無:文科省の旧定義や森田・清永の定義では,優位性の有無(人数や権威など)を考えることで,けんか等と区別できるようにしている。ほとんどの研究者が「優位な立場の者がいじめを行う」という特徴を認めている。しかし,文科省の新定義では,これを除外しており,けんかや優位な立場にある者が被害を訴えてもいじめとして認定されることになる。
(3)継続性の有無:以前の文科省やオルウェーズの定義は,繰り返し性,長期性をいじめの要件とし,一過性のものはいじめには含まないとしているのに対し,エリオットは,たった一回の出来事でもいじめに含めるべきであると主張している。この継続性の論点は,多くの研究者の中でも意見が分かれるところである。ただ,文科省の新定義は,継続性の有無を定義から除外し,「いじめは回数ではない」という立場に立っている。
(4)加害者側の意図性:加害者の意図性を重視する定義もあるが,ほとんどは行動レベルで捉えており,たとえ意図的でなくても行動した時点でいじめとしている。
(5)攻撃の種類:ほとんどの研究者が心理的,物理的な攻撃としており、これについては共通認識があると言ってよいだろう。しかし,どのような行為を攻撃とするか,については文科省や研究者がどれだけ列挙しても,現実場面では意見が分かれてしまいがちである。
(6)被害者側の苦痛:被害者が苦痛を感じていることは,全ての研究者や論者がいじめの条件としている。