井出草平の研究ノート

強姦被害者に処女かどうか聞くことは必要か?

警察官が被害者に「処女ですか?」と聞く必要はない - キリンが逆立ちしたピアス」で処女膜損傷が「強姦致傷」と認められた判例のことを知り、判例を調べてみた。

この問題はもともと、山口敬之氏からレイプ被害を訴えた伊藤詩織さんが警察で「処女ですかと聞かれた」という話がこの話の発端であった。この事件から「処女の被害であれば強姦致傷になるからだ」という判例が話題になったようだ。

結論から言うと「処女の被害であれば強姦致傷」は法的には正しい。正確に言えば、処女膜の破損が認められると強姦致傷が認められ刑が重くなる。

もちろん、だからといって処女か否かを聞くのが正しいわけではないし、現在の刑法の判例が正しいということではない。犯罪被害者、警察、法律家の間に認識の差がかなり存在して、警察や法律家にとって処女かどうか聞くことは基本的で重要なことなのだろうが、犯罪被害者にとってはセカンドレイプにもなりうることであり、両者の溝は埋まりそうにない。

問題の「処女膜」は裁判でどの程度扱われているのかを調べてみた。判例データベースLEX/DBで「処女膜」をキーワードにして調べてみたところ128件のヒットがあった。強姦とは無関係の裁判が1件であり、現時点では127件のヒットがある。この数字が多いか少ないかは文脈に依存するが、しばしば裁判において処女膜への言及が確認できるといったところだろうか。

処女膜破損により強姦致傷になった判例

まずは、近年、処女膜破損により強姦致傷になった判例から。処女膜の破損を裁判で扱うのは、古い判例昭和34年10月28日最高裁判所第二小法廷にみられるものという話があったため、状況は今でも変わっていないことを示すためだ。

この事例は処女膜の破損によって強姦致傷になった事例である(津地方裁判所平成27年4月21日, LEX/DB文献番号:25506308)。

同人の両手首をビ ニールテープで椅子の両手すりに縛り付けるなどの暴行を加え,上記一連の暴行・脅迫により,同人の反抗を抑圧し,同人と性交し,その際,同人に全治約1週間を要する処女膜裂傷の傷害を負わせ

罰条に強姦致傷とする刑法181条2項(177条前段)が加わっている。強姦に至る過程で暴力が振るわれていると認定されているので、これらの行為で強姦致傷も成立する可能性が高いが、処女膜裂傷の傷害があるのであれば、強姦致傷は確実に認定されることになる。

成人の事件

処女膜の破裂に関する判例は未成年のものがほとんどだ。しかし、未成年のケースではなく被害者が27歳の事件でも処女膜の破損が証拠として採用され強姦致傷になった事例がある(岡山地方裁判所平成24年9月28日, LEX/DB文献番号: 25483118)。 この判例をみると、処女かどうかの確認は未成年に限定されるわけではなさそうである。伊藤詩織さんも28歳だそうなので、処女膜破損について警察が調べようと考えても不思議はない。

明治時代の判例

さて、処女膜の破損によって強姦が強姦致傷になるという考え方はいつごろから生まれたのかを調べてみた。LEX/DBで最も古い判例である明治44年3月9日大審院の判決(LEX/DB文献番号: 27918395)が以下のものである。

人ノ処女膜ヲ裂傷スルハ即チ人ノ身体ヲ傷害シタルモノニ外ナラス故ニ13歳未満ノ幼女ヲ姦淫スルニ因テ其処女膜ヲ裂傷シタル所為ハ刑法第181条ニ該当スルモノトス

ここで引用されている刑法181条が強制わいせつ等致死傷の条文である。処女膜は身体を傷害したので強姦致傷であるとしている。処女膜破損によって強姦が強姦致傷になるという理論構成はこの時代から大きな変化はないように思える。

処女膜破損は強姦の証拠になるか

少し話題が変わるが、判例の中で「処女膜がやぶれること」が強姦の有力な証拠として扱われていることが気になった。特に、処女膜が破れていないから強姦はなかったという議論が存在していることだ。

いうまでもなく、処女膜は個人差がある器官であり、性交があったとしても損傷があるとは限らない。にもかかわらず、処女膜の有無が証拠として採用されているのである。もちろん、法律家は不確かであっても処女膜に頼らざるを得ない事情はあるのだろう。他に論証できる証拠があれば証拠として不確かな処女膜について取り上げなくてもよいのだが、強姦事件では証拠が十分に揃うケースばかりではない。そのために処女膜に頼らざるを得ないという事情はあるのだろう。

しかし、強姦の認定を左右する証拠として採用されているのは驚きである。実際の判例を見ていこう。

処女膜が破れていなければ強姦はない

被告人は養女が13歳未満であるにもかかわらず暴行・姦淫をしたとされた事件の再審請求審。この事件は有名な事件である。強制わいせつ、強姦で起訴され、有罪判決(懲役12年)の確定判決を言い渡された請求人が再審請求を行った(大阪地方裁判所平成27年2月27日, LEX/DB文献番号: 15505846)。再審が認められている。根拠となったのは以下の事実。

  • 犯罪事実を目撃したとする供述は全て虚偽であるとする目撃者の新供述
  • 強姦当時の病院診療録によると「処女膜は破れていない」と診断されたため、強姦被害はなかった

判決文から直接引用する。■は判例収録の際に伏字になっているところである。

本件再審請求審において検察官が提出した■医院の■の診療録の写し■によれば,同診療録には,■が,平成20年8月29日,■医院を受診し,「処女膜は 破れていない」と診断された旨の記載があることが認められる。再審請求後に検察官がその写しを入手したという同診療録が,なぜ■,同診療録の上記記載内容 自体には,信用性に疑いをさしはさむべき事情は存在しない。これは,請求人から強姦被害を受けていないとする■の新供述を強く裏付けるものといえる。

処女膜が破れていないことだけで強姦を否定したわけではないが、2つの証拠の1つが処女膜の非破損である。

処女膜が破れていないので強姦はない

同事件の再審が認められ無罪が確定した裁判(大阪地方裁判所平成27年10月16日, LEX/DB文献番号: 25541276)。再審請求同様、女膜の状態が証拠として採用されている。この事件では被害を受けたというBが虚偽の供述をしたと後日認めている。

平成20年8月29日時点において,Bの処女膜は破れておらず,この事実自体,被告人によるBへの強姦がなかったことを如実に示すもの

証拠は処女膜だけではなく、被害の供述が翻されていることも考慮すべきだが、「処女膜が破れていないから強姦はない」と明確に述べられている。

刑法の議論では処女膜の非破損は「強姦がなかったことを如実に示すもの」と位置付けられることもあるようだ。

この事件は、最高裁で確定した有罪判決を覆すためにかなりの努力がされたはずで、再審で被告が無罪になり、結果的によい判決であろうが、その証拠に疑念の余地が残る。