井出草平の研究ノート

精神科の選び方2 血液検査

イントロダクション

前回に引き続き精神科の選び方について。

前回はガイドラインと自分の受けている治療を比較するということだったが、今回は血液検査についてである。

前回は精神疾患以外のほとんどの疾患に応用できる方法だったが、今回はうつ病に限定して話をすることにする。

精神科は「精神の科」なので血液検査とは無関係のように思われるかもしれないが、血液検査は重要である。 初診時、もしくは通院して間もないうちに血液検査を行う必要がある。

クリニックに行った人に話を聞いている限りは、血液検査をしないクリニックは多いように感じる。もちろん調査をしたわけではないので、主観にすぎない。 もし、うつ病のような症状でクリニックに通うことなったが、血液検査をする様子がない場合、そのクリニックはおそらくハズレである。

もちろん例外はある。例えば、うつ病ではなく血液検査が必要ではない精神疾患だった場合、他のクリニックで血液検査をした場合などである。 血液検査がない場合には、「なぜ血液検査がないのか」と医師に聞いてみると良いだろう。納得のいく答えがない場合はそのクリニックは「ダメ」だと判断してよいだろう。

このように断言できる理由は診断基準に、うつ病の診断・治療に血液検査が必要だと書かれてあるからである。

診断基準に従って診断を行おうと思うと、必ず血液検査が必要となる。

うつ病の診断基準の構造

DSM-5に従えば、うつ病(大うつ病性障害)にはA~E基準までの5つの基準を満たす必要がある。うつ病の診断基準を確認してみよう。

A基準
A基準には3つの条件がある。

  1. 9つの症候(症状)のうち6つ該当しすること
  2. 6つの症候のうち、抑うつ気分とアンヘドニア*1が少なくとも1つ含まれていること
  3. 2週間以上継続していること

うつ病の診断基準としてこのA基準だけが一般的に流通していることが多いようだが不十分である。うつ病の診断をする際には、B~E基準も満たすことが必要である。

B基準
社会的機能の低下、および、臨床的苦痛。

社会的機能の低下とは、就労が不可能になっている、通学が不可能になっているなどである。社会的困難や臨床的な苦痛がなければ治療対象とはならない。もちろん、症状の自覚がないとか、生活の困難に自覚がないなどはよくあることなので、患者本人の主観という意味ではない。

C基準以降は鑑別診断である。抑うつ状態やアンヘドニアは他の原因によっても起こる。それがうつ病によって起こったものか、それとも、別の病気・原因で起こったものなのかを見極める必要がある。これが鑑別診断である。

C基準
物質の生理学的作用,他の医学的疾患によるものではない。

D基準
精神病性障害ではない。

E基準
躁病エピソード、または軽躁病エピソードが存在したことがない。

DとE基準は他の精神疾患に該当しないということである。従って、精神病性障害・躁病・軽躁病の診断も、うつ病の診断には必要とされる。つまり、うつ病のA基準だけではなく、精神病性障害・躁病・軽躁病の基準を満たしていないかも同時に確認する必要があるのだ。

双極性障害(躁病・軽躁病エピソード)を精神科医は最初から把握できるとは限らない。米国国立精神衛生研究所の双極性障害の20年追跡調査では、調査期間中うつ状態である期間が長かったことがわかっている。20年間のうち、双極性障害I型の31.9%(Judd et al.2002)、II型の50.3%(Judd et al. 2003)はうつ状態であった。

Blacker & Tsuang(1992)によればうつ病患者の20%が双極性障害に発展するとされている。最初はうつ病のように見えていても、後から双極性障害だと判明することが少なくないため、完全鑑別は困難である。DSMに書かれていることは、現在時点までで躁病・軽躁病のエピソードがあったかを確認せよ、というところまでである。

血液検査に関係してくるのは、C基準の一部である。DSMの本文に鑑別診断の項目があるため、そこから引用しよう。

  1. 物質・医薬品誘発性抑うつ障害 この疾患は、物質(例:乱用薬物や医薬品、毒物)が病因的に気分の障害と関連があると判断される事実により、うつ病から鑑別される。

  2. 他の医学的疾患による気分障害 抑うつエピソードは、気分障害がその人の病歴や身体所見、血液検査などに基づいて、特定の医学的疾患(例:多発性硬化症脳卒中甲状腺機能低下症など)による直接的な病態生理学的結果ではないと判断される場合に適切な診断となる。

具体的には下記の項目の確認である。

1. 処方薬・乱用薬物・毒物

違法薬物の把握もできるとよいのだが、違法であるため、患者自身が服用を言わないことが多いので、医師が把握しにくい項目である。 少なくとも、把握しなければならないのは、処方薬である。処方薬の中で抑うつ状態を引き起こすのはインターフェロン製剤や内服のステロイドなどである。来院時に飲んでいる薬を確認するクリニックは多いが、他科の薬の副作用まで把握しているかは、精神科医の知識量次第である。

2. 多発性硬化症脳卒中甲状腺機能低下症

多発性硬化症
多発性硬化症(MS)は血液検査ではわからない。 MSの専門医への紹介をする必要がある。そのためにMSの視力障害、運動障害、感覚障害、歩行障害などの症状を問診で聞き取るか、診察中の観察で気づく必要がある。MSは精神科の範囲ではないが、精神科医はMSの患者をある程度みた経験と、MSの基本的な知識が必要とされる。

脳卒中
脳卒中と書かれてあるのは、脳卒中後の抑うつ状態である。典型的な脳卒中が見逃され精神科に来ることはない。問題となのは、無症候の潜在性脳卒中である。患者本人や家族が気づかないことも多い。

潜在性脳卒中の場合にも、うつ病のような症状がでることがあり、精神科医うつ病の診断の際には脳卒中の疑いを頭の隅に置いていなければならない。

脳卒中によるうつ病は治りにくいという精神科の治療での問題もあるが、問題なのは、脳卒中経験者は再び脳卒中を起こすリスクも高いということである。精神科への通院以後に後遺症の残るような脳卒中を起こすことも考えられるため、できるだけ発見に努めるべきである。

血液検査に限れば、尿素窒素、クレアチニン、尿酸、総コレステロール中性脂肪、LDL-コレステロール、HDL-コレステロールHbA1c、血糖値の項目を調べることになるが、血液検査は脳卒中の診断の参考資料程度にしかならない。

精神科でできるのは、家族の病歴を聞くくらいである。脳卒中も遺伝する病気であるため、家族歴(父・母・きょうだい等の病歴や生活歴など)の問診の際には、精神疾患以外の疾患も聞き取ることが必要である。

話は少し逸れるが、家族歴を聞かない医師も避けた方が良い。診断の4つの要素は1)症候、2)経過、3)家族歴、4)治療反応性であり(Robins=Guze基準, Robins and Guze 1970)であり、医師は、臨床で診断を行う際にもこの4つの項目を常に確認する必要がある。4つの中でも家族歴が最も問診項目から落ちている場合が多いように思える。

甲状腺機能低下症
中年以上の女性の1割程度が罹患する、比較的罹患率の多い疾患である。精神疾患以外で、うつ病との鑑別が最も必要とされる疾患である。血液検査では、TSH、fT3/fT4のいずれかの項目で確認をすることができる。

甲状腺機能異常は、中年以上、女性が多いとされているが、もちろん若年、男性でも罹患する疾患であり、患者全員の甲状腺機能は血液検査で把握しておく必要がある。

STAR*D

うつ病の投薬治療についてSTAR*Dという大規模研究がある。そのなかで、甲状腺機能に関する薬(T3追加)という項目がある。

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3段目の一番右にT3追加と書かれててあるところだ。甲状腺機能異常を解決することで24.7%の寛解があったとされている。

結論

人間ドックなどで行う血液検査(メタボ検査)では、TSH、fT3/fT4の項目は含まれない。人間ドックの血液検査では代用できない。 やはり精神科での血液検査が必要である。うつ病の診察をする際に、血液検査をしない医師はうつ病の診断の基本ができていないと考えて問題ない。

*1:日々の生活に楽しみを感じられない、今までできていたことができないなど。