井出草平の研究ノート

統合失調症(単純型)の典型例

www.seiwa-pb.co.jp 仙波純一,神山園子,2012,「統合失調症(単純型)の典型例」『精神科治療学』27(7): 897-901.

統合失調症(単純型)の典型例」という論文があるため、少し長くなるが症例込みで見ていきたい。

単純型とは下記のように定義されている。

単純型統合失調症とは,感情鈍麻,乏しいセルフケア,社会からの引きこもりなどの症状が緩徐に進行しながらも,いわゆる幻覚妄想などの陽性症状を欠き,明らかな思考障害やまとまりのない会話なども見られない統合失調症の亜型をいう。

症例

〔症例〕初診時64歳男性,無職
家族歴: 5人同胞の第4子として生まれる。遺伝負因はない。
既往歴・詳細不明。飲酒歴なし。
生育歴: 地域の素封家に生まれる。実家は商店を営業していた。幼少の頃から無口で自己主張せず,友達も少なかった。きょうだいによれば「何を考えているのかわからない子ども」であったが,特別な問題なく育つ。言語の発達に問題はなかったようである。小中学校の成績は中くらい。地元の高校を卒業してからは,進学を希望せず,家業の手伝いをしていた。高校生のころはハトを飼うのが趣味で、あった。

生活史: 店番をしていても客と口をほとんどきかず,品物の配達を頼まれでも,黙って玄関の前に置いたまま去ってしまうなど,気のきかない行動が多く見られた。そのうちに,仕事はせず,家でぶらぶらする生活になった。人づき合いはほとんどなく自閉的な生活であった。何回かお見合いをしたものの,ほとんど相手から断られてしまったという。両親やきょうだいは,本人が成人してからの無為な生活態度に気づいていたが,とくに病気とは考えていなかったようである。X-10年に父親が死亡した。店は形式的には続けていたものの,ほとんど客はなくなっていた。道路に面して設置した自動販売機からのわずかな売り上げだけで生活していた。その自販機の管理も業者任せであった。きょうだいは敷地内の別棟に住み,本人と母親は店舗のある母屋に住んでいた。ときどき庭に出ている本人をきょうだいは見かけていたが,積極的な関わりは本人が拒絶していた。ほとんど母親が本人の面倒を見ていたらしい。X-4年に母親が死亡したときにも,家から出ず葬式には参加していない。その後,食事はスーパーの弁当やインスタント食品などで済ましていたようである。きょうだいを絶対に部屋に入れず, 家の中はゴミ屋敷のようになっていた。入院半年ほど前に,足がむくんでいる本人をきょうだいが見かけ,病院を受診するように伝えたが拒否されている。最近姿を見せていないことにきょうだいが気づき,母屋の玄関から声をかけた。しかし,うずたかく積まれたゴミの向こうから返事がないために異変を感じ,救急車を要請した。救急隊員がゴミをかき分けて室内に入ったところ, 糞尿まみれになって仰向けに動かずにいる本人を発見し,そのまま当院救急に搬送された。

来院時所見:来院時, 顔面蒼白で著明なるい痩がある。JCSI-2. BP 105/45. PR 78,B T 343℃。
著明な貧血(Hb6.5g/dl) と低栄養(総蛋白5.9g/dl) が認められた。輸血や栄養補給によって第5病日までには意識障害はほぼ改善した。その後旺盛な食欲を示し,全身状態は急速に改善した。神経学的異常所見はなく,MRIでは萎縮や粗大な病変は認められず,年齢相応の所見であった。貧血は大球性でビタミンB12欠乏が疑われた。悪性疾患によるるい痩が否定されたことから精神疾患を疑われ,精神科に往診の依頼があった。

精神科初診時所見:無気力にベッドに横臥している。奇妙な表情や態度はなく,質問には即答できる。形式的には話の筋は通っており,明らかな思考障害は見られない。しかし,内容は表面的で深まらない。父親死亡後の10年間どのような生前を送っていたかについて聞いても,はっきりとしない。今回の入院については.「半年くらい前からなんとなく食事を買ってくるのが面倒くさくなってきた。あまり食べなくても平気になっていた。家でぼんやりしていたらそのうちわからなくなり,気づいたら病院にいた。栄養はとれていたはずなので,ビタミンが足りなかっただけだ」という。入院について拒否的ではないが,現状を深く心配する様子もない。幻覚や妄想については否定する。
その後の経過:本人や家族に統合失調症を含む精神疾患の可能性の高いことを説明した。栄養状態が回復した後,きょうだいとの話し合いで,入院17日後に精神科病院に転院となった。転院直前の長谷川式簡易認知機能スケールでは29/30であった。

転院後の経過:転院先の担当医によれば,転院に驚く様子もなく平然としており,ごく自然に入院生活に溶け込んだように見えたという。ほかの忠者と自発的に話をすることはなく,視線も合わせない。病棟内行事などにはいいわけをして参加したがらない。入浴や爪切り,ひげ剃りなどの身の回りの清潔は強く勧めないと行わない。食事以外はベッドで臥床がちな生活である。担当医とは通常の会話であれば可能で、あり,感情の表出も見られるものの,会話は浅薄で、深まらない。薬物はolanzapine 15mg/日が継続して投与されている。転院後に家族が母屋を調べたところ,道路に面した一坪だけ第三者に売却されていたことが判明した。しかし,払われた金がどこに行ったのか,本人に聞いても判然としなかった。入院中は強力な生活指導により徐々に身の回りのことを自ら行えるようになり,他の患者との会話も増えてきた。社会復帰施設で生活することを目標とし, X+3年の時点ではなお入院中である。

やはり、特徴としては社会的機能の低下である。
ただ、一度下がった社会的機能や生活機能は、生活指導で機能は上昇するということなので、疾患による低下にしては容易に回復している印象がある。ひきこもり状態が起こす問題なのでは、と思ったりもする。

一応、このケースの鑑別診断の部分を引用しておこう。

単純型統合失調症は,自我障害の症状,幻覚や妄想,緊張病症状や著しい陰性症状などが,経過の中で先行性のエピソードとしてはっきりと出現したことがないために,妄想型,破瓜型,緊張型,残遺型のいずれにも分類できない。しかし,いわゆる陰性症状は潜行性かっ緩徐に進行し,社会的な機能は著明に低下していく。内省や自発性を欠くために,みずから医療機関を受診することは稀である。また,陽性症状もないために,家族や周囲が単なる変わり者とか怠け者とみなし,精神疾患とみなさないこともある。一方で,陰性症状の著しい統合失調症のように,人格的な荒廃までには進まない。
(中略)
鑑別診断として,統合失調型障害や統合失調質パーソナリテイ障害を考える。対人接触は好まないものの,会話からは冷淡でよそよそしい印象はない。奇異で風変わりな信念や行動も見られず,猜疑的で、もないことから,統合失調型障害にはあたらない。統合失調質パーソナリティ障害と診断しでもよいかもしれないが,パーソナリティ障害だけでは通常本症例ほどの荒廃には至らないであろう。また,家族の情報によれば,高校卒業後から陰性症状は緩慢ではあるが進行性に低下している。このような機能の低下は,統合失調症との類似を示している。