単純型統合失調症のまとめと8050問題

単純型について過去にエントリを入れたが、その中で書き残している項目をまとめてこのエントリに入れておきたい。

疫学

単純型統合失調症に該当する症候を持つ者の疫学調査が存在するようだ。アイルランドの一地方で実施されたもので、DSM-IIIから基準Aを除いたもの(つまり陽性症状を沿いて陰性症状のみの者)が対象である。1万人あたり5.3人の発症率であったという。かなり珍しい状態像であることかわかる。

www.ncbi.nlm.nih.gov

Kendler K. S. et. al, 1994, "An epidemiologic,clinical,and family study of simple schizophrenia in County Roscommon Ireland." Am.J.Psychiatry,1(5) :27-34.

単純型統合失調症のグループは、陽性症状のある統合失調症のグループに比べ、顕著な否定思考障害(Negative Thought Disorder)と、慢性的な経過を示したとある。社会的・職業的機能は両者で差がなかったとある。経過が現代的な意味での統合失調症より軽いわけではないようだ。否定思考障害は論文を読んだだけでは統合失調症に起因するものかはわからない。他の疾患でも起こりうる症状である。統合失調症の第一度近親者のリスクは陽性症状のあるグループが4.6%、単純型が6.5%と多かったことから、単純型の中核群がおそらく自閉症スペクトラム症だという推測は誤りであろう。この疫学調査が拾った統合失調症らしきものはやはり統合失調症に遺伝的に近い何かなのだろう。

治療

単純型では少量の抗精神病薬が有効とされている。

自閉症スペクトラム症の診断と紛らわしいという点は残るが、治療法では、両者に違いはない。リスペリドン、クロザピン、アリピプラゾールなどの薬が使われている。どちらの診断名であっても、対応は変わらないのである。少し意外であったのは、クロザピンの使用だろうか。ちなみに自閉スペクトラム症へのクロザピンの投与は数本論文がある(Chen et al. 2001 :https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11465533 など)

濱田秀伯『精神症候学』

症候学の教科書として有名な濱田秀伯『精神症候学』における単純型統合失調症の記述は以下のようになっている。

単純型統合失調症では,仕事そのものはできても,自己流にこだわって立場をわきまえず,「何となく周囲から浮いてしまう」「一緒にやっていてタイミングが合わない」などと評されることが少なくない。(p.201)

第2版の記述である。第1版は持ってないのでわからない。

周囲から浮いてしまうなど周りとうまくできなてのは、オット・ディエムの段階でも「自分の非を認めない」という特徴があげられている( http://ides.hatenablog.com/entry/2019/08/13/162125)ように、周りと合わせたりするのが苦手であったり、自分に非がある場合でも認めない、といった性質だからだろう。

この文章だけを読むと、現代では自閉スペクトラム症だとみなされる可能背が高い気がする。現代でも自閉症スペクトラム症概念は臨床では行き渡っていないため、単純型統合失調症(疑診)あたりの診断を行う医師は多いものの、少なくとも、20年前であれば、どのような医師であれ統合失調症っぽさを読み取っていたはずである。

単純型統合失調症 = 自閉スペクトラム症なのか

単純型統合失調症 = 自閉スペクトラム症ではない。部分的には重複していたとみるのがおそらく正しいだろう。先に見たように、単純型は疫学調査をすると、1万人あたり5.3人と非常に稀である。

ディエムにしろ、ブロイラーにしろ、その後継者にしろ、単純型はもう少し広く使用している。日本の臨床医も同じである。従来、単純型ではないかと考えられてきたものは現代では、自閉症スペクトラム症の成人例に相当するものが多った可能性は少なくない。

先のエントリの仙波・神山「統合失調症(単純型)の典型例」で扱われている症例は、文章だけを読む限り、自閉症スペクトラム症だと言われても、変なところはない。

ides.hatenablog.com

児童期の、友達も少なく、きょうだいによれば「何を考えているのかわからない子ども」というエピソードは統合失調症病前性格のようにも読めるが、自閉症スペクトラム症のようにも読める。

現代の精神医学は単純型の診断を削除したが、もし復活を狙うのであれば、第一に、小児期に自閉症スペクトラム症とは異なる症候と経過があることが必要である。

もし、小児期に自閉症スペクトラム症の症候がないにも関わらず、かつ陽性症状がなく、陰性症状があることを示す必要がある。

ADHDコホート研究は成人ADHDは小児期から持続したものであるという旧来の見解をひっくり返し、ほとんどの小児ADHDと成人ADHDは異なったグループであることをしめした。

単純型と自閉症スペクトラム症の関係にしても同様にコホート研究を行うと概念の妥当性が示せるかもしれない。しかし、単純型の概念は一部の研究者にしかニーズがないため、おそらくこの種の研究はされないだろう。

単純型統合失調症は長期化したひきこもりではないのだろうか

仙波・神山「統合失調症(単純型)の典型例」にある、単純型は「パーソナリティ障害だけでは通常本症例ほどの荒廃には至らない」(http://ides.hatenablog.com/entry/2019/08/19/135209)という記述には個人的には疑問が残る。ひきこもりが長期間続いたケースはこのような状態になっているためである。

荒廃、という言葉は精神病性症状のことを意味するので、社会的機能低下と言い換えた方がよいだろう。ひきこもりはさまざまな結果のとして生じる社会的機能の低下である。ただ、ひきこもり続けることによって、社会的機能は低下する。誰とも話さず、何もせず、ただ食べて寝るだけの生活を長期間続けると、廃人のようになる。

ちなみに、この点については、自閉症スペクトラム症があるかないかはあまり関係がないと個人的には考えている。

精神医学的に言うと、うつ病の症状であるアンヘドニアがあれば、何事もする気がなくなり、食べることすらできない状態に陥るだろうし、強迫性障害やためこみ障害(Hoarding Disorde)があれば、家がごみ屋敷のようになることもある。社会的機能の低下には統合失調症意外にも様々な原因が想定される。

生活機能や社会的機能の低下は特定の精神疾患によって起こると考えるか、社会と隔絶された環境下=ひきこもり状態で起こると考えるかの違いが第一にある。第二に精神症状だとしても、それが精神病性のものか否かという問題がある。社会的機能の低下を精神病性症状以外の言葉を使って説明できるのではないだろうか。

ひきこもりは病院の生活指導で改善するが

引き続き、仙波・神山(2012)のケースである。

入院中は強力な生活指導により徐々に身の回りのことを自ら行えるようになり, 他の患者との会話も増えてきた。
治療に関してはrisperidoneをはじめとした第2世代の抗精神病薬が使用され,その有効性が報告されているが,いずれも小数例の報告である。しかし,おそらく薬物療法よりも,生活指導を含む精神科リハビリテーションや地域介入が有効であろう。したがって,薬物療法としては中等量ないし少量の抗精神病薬ということになるであろう。

機能低下は生活指導で回復したようだ。また社会的機能の向上とともに、他者との会話との会話も増えたとある。

この文章だけを読むと、長期間のひきこもりによる社会性の低下と社会的機能の低下が、病院というコミュニティの中で回復してきたと読める。

このようなケースを読むと、単純型であれ、何であれ統合失調症という病名の診断をして、病院に入院させれば社会的機能が回復し、ひきこもりからの離脱に有効なのでは、とも思う。ただ、このケースはかなり重症化していたことが良かったのだろう。通常、ひきこもりの健康度は比較的高く、入院にも同意しないことが多い。同意のない入院は百害あって一利なしなので、選択肢にはなりえない。本人にとっては拉致監禁以外の何物でもないからだ。このケースのように死にかけているところを辛うじて助けられると、入院というルートに自然に乗せられる。皮肉かもしれないが、ひきこもりは病院への入院という資源を使うには、健康すぎるのである。

8050問題

個人的には統合失調症にはあまり興味がないのだが、単純型統合失調症の問題をエントリを入れてきたのは、1) 高機能の自閉症スペクトラム症(=アスペルガー症候群)のかつての診断名として使われてきたと推測されること、2) 長期化したひきこもりに非常に酷似した症例があるためである。ひきこもり問題は、最近は8050問題がクローズアップされることが多いが、介入法に行き詰まりを見せているように思える。精神医学的な問題だけでも以下のような問題がある。

  1. 介入者に精神医学的知識が欠落している
    ...いわゆる民間団体のほとんど
  2. 介入する医師に自閉症スペクトラム症の知識が欠落している
    ...旧来の精神医学的知識で臨床をしている医師
  3. 介入者が何を見ても自閉症スペクトラム症だと考える
    ...過去15年間に臨床心理学の教育を受けてきたものに多い
  4. 介入する医師が幅広い精神医学的診断ができず、適切な介入ができない
    ...診断のバリエーションが多い医師は少ない。介入のバリエーションが多い医師はさらに少ない

課題を並べるだけでも、かなりハードルが高いことがわかる。ただ、単純型統合失調症の歴史的な経過などをみることによって、介入例に必要な知識が何かというヒントがあったように思う。