井出草平の研究ノート

近代には近代的な武器で立ち向かう

 知識は、悪の根源であるどころか、それをのぞく手段であり、しかもわれわれの用いることのできる唯一の手段である。一度確立された信仰が、事実のなりゆきのなかでくずれ去ってしまうと、もはやそれを人為的に再建することはできない。のこされるのはただ、生活のなかでわれわれの行為をみちびいてくれる反省作用だけとなる。ひとたび社会的本能が鈍ってしまうと、人びとにのこされる唯一の案内人は知性だけとなり、人はこれによって意識の再建をはからなければならないということである。この企てがどれほど冒険であろうと、躊躇は許されない。なぜなら、それは選択のきく問題ではないからである。だから、古きよき信仰の崩壊を不安と悲しみのなかで見まもらなければならない者も、この危機の時代のさまざまな困難に心わずらわせている者も、科学から生じたのではない病弊を、科学のせいにしてはならない。むしろその病弊をみずから克服するようにつとめるべきなのだ。科学を敵視することのないようにしなければならない。科学は、一般にいわれているような破壊的影響をおよぼすどころか、むしろ科学の誕生の原因となった当の破壊とたたかうことのできる唯一の武器である。科学を禁じてみたところでなんの解決にもならない。科学に沈黙をしいてみたところで、失われた伝統に権威を回復させることはできないであろう。せいぜい伝統をおきかえる力を弱めるだけだ。たしかに、一手段にすぎない知識の追求を、自己充足的な目的と考えたりすることのないように同じく注意する必要はある。たとえ人びとを人為的に束縛してみても、かれらの独立への欲求を忘れさせることはできないが、また人びとをたんに自由にしてみても、かれらを平衡のとれた状態におくことはできない。さらに、人びとがこの自由を適切に利用することができなければならないのである。


社会学再帰性デュルケームの考え方が凝縮されてるので引用。
今回の読書会は『自殺論』を半分まで。


自殺論 (中公文庫)

自殺論 (中公文庫)


併読書はもちろんこれ。


デュルケームとウェーバー 上―社会科学の方法

デュルケームとウェーバー 上―社会科学の方法


多分、宇宙で最強の解説書&教科書。