井出草平の研究ノート

My Spaceのプロアナ


感情がむき出しの書き込みがちらちらある。たとえば、ここ(ログイン必要)とか。プロアナという話は問題含みなのでトピックスなどにいろいろ書き込みがある。ともかく、プロアナは拒食症を煽ってるからけしからん、という判断をつけることは間違いだとは思わないが、その判断がどんな場合でも正しいというわけではない。嘔吐にしろ、下剤の乱用にしても、それらをやめる方向性がいつでも正しいわけではない。少なくとも、嘔吐や下剤の乱用で一定の均衡を保つことが出来ているのだから、その均衡をひとまずは肯定することが重要だし、実際の所、そうせざるを得ない。もし、嘔吐や下剤の乱用をやめることが正しいとしても、その正しさは乱用をしてる最中には正しくないことが多いし、やめた方がいいからといって、そうそうやめれるものでもない。


「ひきこもり」でも学校に行ったり、働いたりすれば問題が解決することは目に見えてるが、他者に簡単に思えることが当人にはとても難しいことであるからこそ、ひきこもり続けるということになる。「摂食障害」もおそらく同じで、他者に簡単に見えている「正常な」摂食行動が当人にとっては、非常に難しい。「ひきこもり」では最終的には社会参加をすることを念頭に置いた上でひきこもることを肯定することが大事だけども、それと同じく、摂食行動が改善することを最終的には念頭に置いた上で、ひとまずは摂食障害の障害(disorder)と呼ばれている部分を肯定する必要があるのだろうと思う。


追記:

このフォーラムは未読。あとで読む。