井出草平の研究ノート

アメリカ大都市の死と生

アメリカ大都市の死と生 (SD選書 118)

アメリカ大都市の死と生 (SD選書 118)


Lifeの「東京」の会で「素晴らしい本だ」という評価であったので読書会で読んだ。ただ、期待したほどではなかったというのが正直なところ。

 ハーバード大学の神学教授であるポール・J・ティリッチは次のように見ている。その本質として、大都市はあちこち移動すること、によっていろいろ異質なものを与えられうるところである。その異質なものが問題を提起し、伝統の足もとをくずしているので、その異質なものが理由を、根本的な深い意味を考えさせる重要な役割をはたしている。この事実を証明するには他にすべての全体主義的権威者たちの数々の試みがその異質なものを彼らの主題から切り離しておくことをみてもよくわかることである。この大都市は切りきざまれてばらばらにされ、その一つ一つが調べられ、清められ、一様にされてしまう。異質なもののもつ神秘さ、人のもつ合理性のどちらも都市からとりのけられてしまう。(261-2)


この本は「都市論」として読むよりも民主主義論として読む方が妥当だと思われる。


ジェイコブスの批判するル・コルビジェの都市論は都市の各ユニットが別個で単一の機能(住宅なら住宅のみ)を持つという、人為的な意図に基づいた都市計画を行う。全体主義的で、近代主義を体現したものと表現してよいだろう。一方で、ジェイコブスの都市論は、街の中に多様な存在を認めるというものである。ル・コルビジェとは違い、ジェイコブスは各ユニットが2つ以上の機能を持つ(例えば住宅と店舗の2重機能)べきだと主張し、そのユニットは街路で繋ぐことが必要であると主張している。


本の中で出てくる表現ではないが、街路はネットで言うならば回線のようなものであろう。各PCを回線で繋ぐことによって、それぞれのPCは今まで以上に多様で有益なものに変化する。回線と切断されたスタンドアローンよりもネットワークに繋がるための回線が、都市で言えば各ユニットを繋ぐ「街路」なのである。


この考え方は、都市論という限定したものではなく、どちらかというと民主主義論の典型的な形だと捉えられる。つまり、街のユニットは個人であり、それぞれのユニットを繋ぐ街路は、人と人のネットワークである。そして、各ユニットが一つ以上の機能を持つというのは、個人が多様な生を営むというということである。街の多様な形を受容するというのは、多様な個人を受容すると言うことであり、ル・コルビジェ的な全体主義を批判するというのは、ファシズム共産主義を批判するということに相当する。


このような考え方はジェイコブスだけのものではなく、民主主義を推進する知識人に共通に持たれているものだと考えられる。。社会学のメインストリームは共産主義批判をしてきており、社会学が近代批判の学問で言われるところからしても、ジェイコブスの思想と親和的である。例えば、デュルケムは「有機的連帯」という類型を『社会分業論』の中で提出している。一般的には、同じような出自を持ち同じような人格類型を持つ人物の間に連帯が生まれると考えがちだが、デュルケムは諸個人が多様で別個な分業をすることによって、むしろ連帯が可能なのだということを示した。これが「有機的連帯」である。これは、多様性の中に真の「個人」を見つけ出すという民主主義の考え方を強烈に受けた理論であると言える。


デュルケムは社会主義を批判し、民主主義を守るという運動家でもあったが、彼の行動は1900年前後の知識人の一つの典型的な考え方であったと思われる。フランスでは1901年に「アソシアシオン法」が可決され、中間集団を形成する法整備が整っている。デュルケムが考えた「有機的連帯」をより強固にするものであり、各個人を結びつけるネットワークの根幹の部分である。都市論で言えば、これが各ユニットを結びつける街路の一つである。


余談だが、ル・コルビジェの別の角度からの批判としては、J・G・バラードの『ハイ・ライズ』がある。


ハイーライズ (ハヤカワ文庫 SF 377)

ハイーライズ (ハヤカワ文庫 SF 377)


『ハイ・ライズ』の内容についてはこちらなどを参照


郊外都市と暴力については「プルーイット・アイゴー」の失敗が参考になる。





プルーイット・アイゴー

1951年にセントルイスのスラムを取り壊し、日系アメリカ人建築家ミノル・ヤマサキにより改良住宅として設計され1954年にオープン、1956年に完成した。しかし団地自体がスラム化し犯罪の温床となるなど環境が著しく悪化、1972年に爆破解体された。同国の住宅計画史上最大の失敗であるとされている。またモダニズム建築の批判者から、同団地の爆破解体の日は「モダニズム建築の終焉の日」と位置付けられた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%B4%E3%83%BC


副読本

東京から考える 格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)

東京から考える 格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)


「郊外」の誕生と死

「郊外」の誕生と死