井出草平の研究ノート

保険統計的な記述


池田清彦環境問題のウソ (ちくまプリマー新書)』のアマゾンのカスタマ・レビューを読んでいると興味深い記述があった。ちなみに、この本は地球温暖化ダイオキシンなどの環境問題への批判をした本である。

でたらめが書かれている, 2006/3/6
By kbzkbrmj2006
この本を読んで騙されてはいけない。生物多様性や生態系に関する記述は科学的知見に基づいて書かれてはいない。残念ながら読む価値はない。

自然科学者の著書には思えない。, 2007/5/30
By 猫王

ネタ本の劣化コピー, 2006/2/28
By hechiko
著者自身があとがきで書いているように、この本の前半は著者の専門分野ではなく、そのネタの多くはネタ本からのコピーだ。それだけならいいのだが、所々に著者自身の問題のあるオリジナルな主張を織り交ぜてくる。例えば、「820年分のダイオキシンを摂取しなければ、半致死量には届かないということだ。普通の生活をしている限り、ダイオキシンで死ぬことはあり得ない。」(p56)など。もちろんこれは明らかに間違っている。


どちらも批判コメントで星一つ。特徴は科学的認知の立場に立った批判であるということである*1。つまり、科学に対して科学で反論するというパターンである*2


リスク社会では、リスクは科学的認知を通して理解されるものだとベックは『危険社会』(ISBN:4588006096)で述べていた。

人はよく言う。こんなことは皆かつてあったことだ、何も目新しいことではない、と。しかし、構造的に違うのである。個人的あるいは社会的な悲惨さというのは直接体験される。それに対し、文明による危険は捉えどころがなく、科学という知識の中で初めて意識され、第一次的経験とは直接かかわりをもたない。この危険を表すために使われる言語は化学式、生物学的連鎖、医学や臨床医学上の概念である。もっとも、科学知識の専門用語を用いたからといって、危険が緩和されるわけではない。その反対である。(78-9)


リスク=人間の手によって作られた危険性は科学的認知を通して認識されるものであるということである。環境リスクなどがその典型なのだろう。地球温暖化二酸化炭素の増加によって生まれているものなのか、地球の循環的な気温変動なのかということは、専門家でも意見が分かれているし、専門家以外には確かめる手段はない。ギデンズでいうところの「専門家システム」のような状況ではあるが、根本的に異なっているのは、「正義」が「専門家」を排除したところで行われるというところであろう。


正義を決定するのに科学的に正確な知識に基づく必要はない。科学的知識を偽装したものでもいいし、科学的知識の断片でも構わない。とにかく、科学が自分の立場や思想を根拠づけているという「形式」を保持することが要請されるようになるのである。ヤングの『排除型社会』(ISBN:4903127044)の言葉でいうならば「保険統計的」という言葉になろう。


再帰的近代における「リスク社会」の特徴は、実態として危険性が増すことではない。『危険社会』の議論の問題点は「意識」としてのリスクが増すのか、「実態」としてのリスクが増すのかということを明言していない*3ことであると考えられる。「リスク」というものは「保険統計的」なもので示され、自分の生活実感とは離れたところで起こることであるということに「リスク社会」の独自性は確認出来る。ただ、その「リスク」は「保険統計的」な装いを持った流言飛語であることも多い。ダイオキシンやDDTなどがその例の筆頭であろう。この点では、科学的認識に基づいて保険統計的に危険性が提示されていようとも、かつての流言飛語と同じ構造と言って良い。


再帰的近代という議論をする時には、再帰的近代化を推進する論者が引用して来るものを精査する必要がある。特にチェルノブイリ以後に書かれたベックの『危険社会』は危険性を煽りすぎなくらい煽っている。このような不要で非合理的な記述を削除した上で、再帰的近代の議論をする必要があるように思う。

*1:他のパターンでは詐欺本であるという主張。「あなたの「騙されやすさ」をテストしたい方にオススメ♪ 」「このての本はけっこう最近多いけどね、みんなよく騙されちゃうよね。 」など。もう一つは、「環境問題を考えるというのは(中略)地球に住む全ての動植物(生き物)の「これから」に繋がっていく事です。」というような本とは関係ない自分の思想を書き込むもの。

*2:最後のコメントでは「普通の生活をしてダイオキシンで死ぬことはあり得ない」という著者の科学的な認識が誤りであるとしている。もちろん、少々のダイオキシンで人間が死ぬわけはなく、このコメントの主張は科学的にいえば誤りなわけだが、科学的根拠があるかのように書かれている。

*3:むしろベックは意図的に明言をしなかったわけだが