井出草平の研究ノート

折原茂樹ほか「教育に関する調査統計の読み方」考

折原茂樹,大野高志,山崎真之,雨森雅哉,白井清太郎,2005,
「「教育に関する調査統計の読み方」考−「学校基本調査」における「不登校児童生徒」の検討を中心として−」
『教育学論叢』23,p82〜66.


文部科学省『学校基本調査』で取り上げられる「不登校」(学校ぎらい)の概念・統計の取り方の変遷を記述した論文。基本的な情報であるにもかかわらず、「不登校」を論じる時に無視されがちな情報をまとめた非常に良い論文である。

「学校基本調査」の概要
 「学校基本調査」は、「全国の学校全部すなわち大学から幼稚園にいたるすべての学校について、その基本的事項を調査し、学校教育行政上の基礎資料を得ることを目的」として、昭和23年より実施されて、その公表は昭和28年以降、『学校基本調査報告書』(以下、『報告書』)として現在まで毎年継続的に行われている。そもそもわが国におけるこうした「教育統計」としては、戦前では、1875(明治8)年より『文部省年報』(「第一年報」)として公表されてきた歴史があった。しかし、終戦とともに行われた学制改革の過程において「学校の内容の複雑化と数の著しい増加とによって、従来のような業務報告の形式によっては正確迅速に、これをとりまとめることが容易でなく」なり、新たに「調査内容と方法とに刷新改善を加え」たものが、「学校基本調査」である。


少々長くなるが、『学校基本調査』のなかでの「不登校」(学校嫌い)の変化の箇所を引用しよう。

 「不登校」という用語に一定の定義を与え、調査実施段階で使用したのは比較的最近のことで平成10年度間調査からであった。
 昭和35年度『報告書』において前年度間の「長期欠席者数」(連続または継続して50日以上欠席した者)が、「学年別」「性別」「都道府県別」に記載され、以降同数値が現在まで公式統計として発表されている。昭和39年度『報告書』からは、この「長期欠席者数」のうちで「病気」「経済的事情」「その他」という理由別区分がなされ、その数値が掲載されるようになる。但し、「不登校児童生徒数」との関連でいえば、同『報告書』中の「結果の概要」欄でこの「その他」の事項については「主として学校ぎらいによるものと思われる」と説明がなされていることば注目に値する。もっとも「学校ぎらい」という用語が明確にその理由区分の一つとされたのは昭和43年度『報告書』からであった。「学校ぎらい」とは「他に特別な理由はなく、心理的な理由から登校をきらって長期欠席した者」とされている。つまり、それまで「その他」の範疇に位置づけられていた「学校ぎらい」が「その他」の概念から分割され、一つの独立した長期欠席「理由」とされるようになった。勿論、昭和42年実施の調査(結果は昭和43年度『報告書』に掲載)において、はじめて「学校ぎらい」による欠席者が確認されたわけでない。これは統計上の概念定義変更から発生した数値であることには留意したい。試みに、出現率を算出した場合でも、昭和40年度の「その他」の値は、昭和41年度間の「学校ぎらい」と「その他」を足した値とほぼ同様であった(別表1,2)。
 昭和50年度『報告書』では、「病気」に対する定義の修正がみられる。それまで、「本人の身体または精神の故障等(「学校ぎらい」を除く。)のため、長期欠席した者」となっていたが、「本人の心身の故障等(けがを含む。「学校ぎらい」を除く。)のため、長期欠席した者」と変更された。また、昭和62年度『報告書』では、「その他」の定義づけが行われる。すなわち、「『その他』の欄には、上記に該当しない理由により長期欠席した者の数を記入する」というものであった。
 平成元年度『報告書』では、「病気」と「学校ぎらい」の定義に修正点が見られる。「病気」の箇所では、『「学校ぎらい」を除く』との文面が削除され、「学校ぎらい」については、「心理的な理由などから登校をきらって長期欠席した者」と修正されている。なお、平成4年度『報告書』からは「年間30日以上連続または断続して欠席した児童生徒」数も掲載されるようになった。(「50日以上連続または断続して欠席した児童生徒」数は平成11年度『報告書』が最後となっている。)
 こうした理由区分における区分方法あるいは部分的な概念定義の変更・修正を経て、平成11年度『報告書』で、「学校ぎらい」の用語が「不登校」に変更される。また、同時にこのとき概念定義も変更されている。すなわち、それまで「学校ぎらい」記入欄では「心理的な理由などから登校をきらって長期欠席した者の数が記入する」(平成10年度『報告書』)と説明していたが、「不登
校」では「何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状況にある者(ただし、「病気」や「経済的な理由」による者を除く。)の数を記入する。なお、欠席状態が長期に継続している理由が、学校生活上の影響、あそび、非行、無気力、不安、などの情緒的混乱、意図的な拒否及びこれらの複合等であるものとする」とされた。さらにその「具体例」も例示されるようになる。


具体例
・学校生活上の影響:いやがらせをする生徒の存在や、教師との人間関係等、明らかにそれと理解できる学校生活上の影響から登校しない(できない)。
・あそび・非行:遊ぶためや非行グループに入ったりして登校しない。
・無 気 力:無気力でなんとなく登校しない。登校しないことへの罪悪感が少なく、迎えに行ったり強く催促すると登校するが長続きしない。
・不安など情緒的混乱:登校の意志はあるが身体の不調を訴え登校できない。漠然とした不安を訴え登校しない等、不安を中心とした情緒的な混乱によって登校しない(できない)。
・意図的な拒否:学校に行く意義を認めず、自分の好きな方向を選んで登校しない。
・複    合:不登校状態が継続している理由が複合していずれかが主であるかを決めがたい。


 一方、同年では、「その他」に関する修正も行われている。すなわち、それまで「上記に該当しない理由により長期欠席した者」とされていたものが、「保護者の教育に関する考え方から子女を登校させないなど、上記に該当しない理由により長期欠席した者」と修正され、「その他」の定義に部分的な例示が示された。この翌年には「具体例」がより詳細に説明されるようになる。


 「病気」、「経済的理由」、「不登校」のいずれにも該当しない理由により長期欠席した者の数を記入する。


具休例
・保護者の教育に関する考え方、無理解・無関心、家族の介護、家事手伝いなどの家庭の事情から長期欠席している者
・外国での長期滞在、国内・外への旅行のために、長期欠席している者
・連絡先が不明なまま長期欠席している者(1年間にわたり居所不明であった者を除く。)
・欠席理由が2つ以上あり(例えば「病気」と「不登校」など)、主たる理由を特定できない者」となった。


 なお、今年度(平成17年5月)実施された「学校基本調査」配布資料、「学校基本調査の手引(学校用)」では「病気」欄が変更されている。すなわち、「本人の心身の故障等(けがを含む。)により、入院、通院、自宅療養等のため、長期欠席した者の数を記入する。(自宅療養とは、医療機関の指示かある場合のほか、自宅療養を行うことが適切であると児童生徒本人の周囲の者が判断する場合も含む。)」とされている。


文中に含まれる別表である。変更箇所が簡潔にまとめられている。




『学校基本調査』における不登校統計の問題点が2つ指摘されている。

先ず第1に、概念定義が変更されている数値であるため、その数値変化を時系列化することは困難となる。すなわち、毎年報告されている数倍は、その年の概念定義によって振り分けられるのであるから、例えば、前年は「病気」或いは「その他」として取り扱われた数値が、翌年では「不登校」として数えられる可能性もある。従って、「不登校」という項目のみに依拠した数列の妥当性には疑念がもたれる。
 第2の指摘点として、そもそも「学校基本調査」では現在、「長期欠席者」のその理由を必ず4つ(昭和41年間実施調査までは3つ)の内に振り分けることを申告者(「学校の長」)に求めている。(平成17年度「学校基本調査の手引き」によれば「なお、欠席理由が二つ以上あるときは、主な理由を一つ選び記入する」とある。)ところが、一般に「不登校」は「十人いれば、十通りの背景がある」と言われているようにその判断は難しく、また定義自体も未だ確定的とは言い難い。


不登校」の数字はニュースなどで報じられると一人歩きをしている。しかし、実際には明確にとられているというわけではない。不登校統計を使用する際の注意が必要である。具体的に以下のような現象が起こっている。

これら表を他の欠席理由とあわせて見ていくと少し変わった法則性に気づく。中学校を例にみていく。出現率に注目すると、1971年度間の「学校ぎらい」は0.16%であるが、1974年度間の0.15%を最低にそれ以降はしばらく増加を続けることになる(別表2)。1980年度間は0.27%と、実数にすれば10年間でほぼ倍増しているのがわかる(別表2)。「学校ぎらい」以外にも目を向けると、「経済的理由」と「その他」は毎年概ね0.01%程度の変化しかなく、一定と言えよう。その一方で「病気」は徐々に減少傾向にあり、1971年度問は0.33%、1981年度間には0.24%となってきている。ここで長期欠席者自体の出現率をみると1971年度間の0.57%、1975年度間の0.50%を最低に1980年度間は0.58%という変化であり、長期欠席者全体の大きな変化はほとんどないのである。「長期欠席児童生徒数」自体ははとんど変化がないにも関わらず、概ね「学校ぎらい」は増加、「病気」は減少している。


長期欠席者が少なかった70年代半ばの現象である。長期欠席者の総数は変化しないのにもかかわらず、不登校は増加し、病欠は減少するということが起こっていた。この後、長期欠席者・不登校は増加をする時期に突入する。その前夜としての実態を伴った現象だったのか、不登校というものが認知されるようになったために、不登校が発見されていったのかは即断はできないだろう。論文中にも書かれているようにこの点の研究が必要であると考えられる。