井出草平の研究ノート

調査における反応歪曲

Satisficeのことを書きながら、「ちゃんと調査を受けてくれない人がいる」というののは、MMPIでも似たような議論があったぞ、と思い出したので、メモをしておこうと思う。

心理尺度のつくり方

心理尺度のつくり方

MMPIについてはWikipediaなどを参照のこと。
ミネソタ多面人格目録 - Wikipedia

反応歪曲

村上本の69-71頁にかけて反応歪曲についての記載がある。

大部分の人は質問紙に正直に回答するが,1~2割の人は自分を偽って回答する可能性がある。建前的回答は意識に上らないことも多い。逆に自分を実際よりも悪いとみなし,精神病者のような回答をすることもある。このような現象を反応歪曲(response set)と呼ぶ。

この界隈では、YG性格検査などで反応歪曲についての論文はわりと書かれている印象がある。 ここで挙げられている反応歪曲のパターンは3つ。

1) 黙従傾向:質問項目がどんな内容であっても,同意する傾向を黙従傾向(acquiescence)と呼ぶ。つまり「はい」か「いいえ」ばかりで答える傾向である。

2) 社会的望ましさ:社会的に望ましいと思われる回答をする傾向である。このような反応傾向は社会的望ましさ(social desirebility)と呼ぶ。

3) 良いふり,悪いふり,でたらめ応答:MMPI関連で言及される反応歪曲で,社会的望ましさの概念と一部重複する。良いふりは「生まれて一度も嘘はついたことがありません」などという質問をいくつか用意して,肯定的回答を集計すると検出できる。古典的なL尺度である。悪いふりは,自己意識が非常に悪く,精神病者のように回答する傾向である。でたらめ応答は,テストを嫌々やったり,質問文の意味が理解できず,回答がでたらめになってしまった場合がある。これらの傾向はL,F,K尺度で検出できる。

精神病者と書いてあるが、精神病「質」者の間違いであろう。精神病者だと統合失調症などであり、回答もままならない。細かく言うと精神病質者は社会の何が善で悪なのかを知っているので、悪ぶっているわけではなく、その本質が邪悪なのである。悪ぶっているのは、ADHDを基盤として反抗的なパーソナリティを持つ一群である。

MMPIは本体とは別に妥当性尺度がある。

  • ?尺度(疑問点) 被験者が「どちらともいえない」と答えた項目の数を表しており、これが多い場合は妥当性が疑わしくなるため、判定の中止、あるいは再検査を検討する必要がある。
  • L尺度(虚構点) Lはうそ(Lie)を表し、社会的には望ましいが実際には困難で、被験者が自分を好ましく見せようとする傾向を示唆する。
  • F尺度(妥当性点) 正常な成人においては出現率の低い回答をした数を表しており、風変わりな回答や自分を悪く見せようとする傾向が現れる。
  • K尺度(修正点) 自己に対する評価、検査に対する警戒の程度を調べるもので、これが高いほど自己防衛の態度が高いといえる。また自己に対する評価、検査に対する警戒による回答の歪みを修正するための点数としても扱われる。

LはLie、Fはfaking bad、Kは何の頭文字かはわからない。Defensivenessと説明されることが多い。MMPIにK項目を追加のはMeehl & Hathaway(1946)だが、この論文を(かなり)ざっくり読んだがKが何を意味しているのかわからなかった。

BigFiveでは,300項目の試作版質問紙と同時にMINI性格検査を実施して,L,F,建前尺度が70点以上の者と,K尺度が30点以下の者を除外した。被検者は大学生で,当初496名であったが,除外すると443名となった(村上・村上,1997)。これだけで有効回答者の10.7%である。不完全回答者は前もって除外されている。 多くの研究者は被検者の洗練を意識的に行なっていない。作成する尺度の弁別力に影響するはずである。自己像が歪んだ,洞察力の乏しい被検者は1~2割いるので,可能ならば,試作版質問紙にL,F,K尺度などを含めておいて除外すべきである。

村上・村上(1997, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpjspp/6/1/6_KJ00001287054/_article/-char/ja/)をみれはL項目で引っかかった人数が書いてあるかと思ったが、確認してみても、この本と同様の記述しかなかった。各尺度での反応歪曲の割合はわからない。

L尺度は15項目で構成されている。MMPIには著作権があって貼ることはできないので、慣例的によく例示としてあげられる英語の文章を4つあげておこう。

15 Once in a while I think of things too bad to talk about.
45 I do not always tell the truth.
75 I get angry sometimes.
150 I would rather win than lose in a game.

話すのを憚れるほど悪いことを考えていると供述する可能性は低い(15)。いつも本当のことを言っている人と答える人は自分をよく見せようと嘘をついている(45)。まったく怒らない人はいないので、時々でも怒らないと回答する人は嘘をいている(75)。ゲームに負ける方が好きな人はいないので、勝つ方がよいと答えない人は嘘をついている(150)。

被検者の洗練が必要

L,F,Kでは使い道が違いそうである。特にポリティカル・コレクトネスが関係するものを検討する際には必要かもしれない。例えば、人種差別をしてもよいか、と質問をすると、内心はどう思っていたとしても、人種差別はダメなことだと言う人が多い。女性の社会進出なども同様で、女性はもっと社会進出をすべきと口では言いながら、女は仕事ができない、会社に来ても雑用だけしかやらせない、家事は女がするべきと固い信念(偏見)を持っている人は少なくない。

社会学の調査はこの種のことにはあまり関心を持っていない。「多くの研究者は被検者の洗練を意識的に行なっていない」と村上が述べるように、可能な限り、さまざまな形で嘘を書く人を検出するシステムを調査に組み込んだ方が良いように思う。自分をよく見せようとする人が1~2割くらいいるのは現実的だし、それだけの割合の回答が歪むと、分析をしても正しい結果が出るはずがない。わりと重要なトピックだと思う。