井出草平の研究ノート

ネット・ゲーム依存とオピオイド拮抗薬

久里浜の樋口進さんのインタビューでオピオイド拮抗薬の話が出ていたので、少しまとめておこうと思う。

medical.jiji.com

この記事で出てくるオピオイド受容体拮抗薬とはナルトレキソンとナロキソンのことである。

ネット・ゲーム依存とオピオイド拮抗薬の効果を要約すると、おそらく有効性は一定あるだろうが、現在のところエビデンスはまだ揃っていないというところだろうか。ただ、他の依存症・中毒での有効性がある薬なので、治療効果が期待できるように思える。

ナロキソン

ナロキソンは日本でも既に認可されている薬剤である。

ja.wikipedia.org

ただし、ナロキソンは静脈注射であるため、使いにくい。また、使用用途が「麻薬による呼吸抑制ならびに覚醒遅延の改善」に限定されているため、依存症には使用できない。

www.info.pmda.go.jp

現在の日本では、ナロキソンをナルトレキソンの代わりに使うのは現実的ではない。海外では経口薬も存在する。

北米ではナロキソンでは処方箋なしに薬局で入手することが可能である。また、オピオイド汚染で死者が続発していることから、ナロキソン配布プログラムというものもある。

www.afpbb.com

本筋とは関係ないがナロキソンはクロニジンやグアンファシンの解毒剤でもある。

www.ncbi.nlm.nih.gov

インチュニブ(グアンファシン)が昨年ADHD治療薬として承認されたため、小児でも使用される機会は増えたとは思われる。
過剰摂取の際にはナロキソンの静注と覚えておくと良いかもしれない。

鼻へのスプレー

フィンランドで治験がされているスプレーというのはナロキソンのスプレーのようだ。これはギャンブル依存への治療薬として開発されている。

www.theguardian.com

ナルトレキソン

en.wikipedia.org

依存症・中毒関連の文献でよく見る薬剤である。おもしろい薬剤なのでまた機会があれば詳しくまとめてみたい。今回は簡単にまとめてみよう。

自傷行為

境界性パーソナリティー障害、自閉症自傷行為に有効であることが確認されている。自傷行為はその行為の最中にベータエンドルフィンが放出されるため、ヘロインやモルヒネに似た効果が得られる。ナルトレキソンはこれをブロックできるため、自傷行為によって得られる快感がなくなる。そのため、境界性パーソナリティー障害には処方されやすい薬となっている。
境界性パーソナリティー障害の人には種々の依存症が併存することがあるため、その点でも処方されやすい。

依存症

クレプトマニア、ギャンブル依存、抜毛癖などへのエビデンスがある。

ネット・ゲーム障害への有効性

DSM-5にインターネットゲーム障害、ICD-11にゲーム障害が採録されてから日が浅いこともあり、エビデンスは今のところはない。

インターネット関連でナルトレキソンが使われた文献はインターネット・セックス依存のケースレポート1本である。

www.ncbi.nlm.nih.gov

ただ、この論文で扱われているのはインターネットを利用した性衝動のコントロール不全なので、ネット依存の論文というよりも、性衝動の治療について書かれた文献といった方が妥当だろう。

性欲・性犯罪

ナルトレキソンは過度な性欲の抑制をしたり、勃起不全に役立つとされている。

www.ncbi.nlm.nih.gov

性欲を押さえるという一方向の効果でないところが興味深いところである。

ナルトレキソンは思春期の性犯罪者の治療にも用いられている。

www.ncbi.nlm.nih.gov

ナルトレキソンが力不足の場合はリュープロレリンが投与されている。リュープロレリンは女性ホルモンの一種であるエストラジオールと男性ホルモンの一種であるテストステロンを減少させる効果がある。

ナルトレキソンを使うのは、副作用の面でリュープロレリンよりナルトレキソンの方が軽微であるためと、性犯罪者へのホルモン治療は社会的に批判があるためである。

サイトカイン療法

インターフェロンαの注射によって生じる精神症状の増悪に対して有効である。

低用量ナルトレキソン療法

日本語でナルトレキソンを検索すると癌の代替療法としての低用量ナルトレキソン療法の結果が多い。低用量ナルトレキソン療法はもともとエイズ治療の研究として出発しており、一応、免疫療法に分類される。

アメリカなどでは多発性硬化症代替療法としても有名だが、日本では多発性硬化症知名度が高くないので、やはり癌の代替療法として売り出されている。

標準医療において、この治療法への評価は総じて否定的である。イェール大学のスティーブン・ノベラは低用量ナルトレキソン療法は疑似科学と言明している。

sciencebasedmedicine.org

数十年研究されてきてエビデンスはないに等しい。実施したところで大したことは期待できないないだろう。ナルトレキソンの副作用もあるため、割に合わないのは明らかである。

低用量の場合は比較的副作用も穏やかであるため、人によっては利用できるかもしれない。代替療法全体に言えることだが、低用量ナルトレキソン療法もやたらと高価である。どうしても、低用量ナルトレキソン療法がしたければ、下記で書いているように個人輸入でナルトレキソンを手に入れられるので安価で実施は可能である。

副作用

副作用はμ受容体の遮断による下痢や腹部痙攣などの胃腸障害、嘔吐・吐き気などが挙げられる。管理面で最も悩ましいのは、吐き気の副作用になるだろう。ジプレキサなど制嘔作用のある副剤が必要になるケースが多くなるだろう。
コーカサイドよりもモンゴロイドの方がこの種の副作用の頻度は多くなる傾向にあるため、海外のデータよりも副作用の発生頻度は多くなると考えておいた方がよいだろう。
肝障害を起こすリスクがあるため肝機能のモニタリングが必要である。肝障害がある人には禁忌である。

入手性

ナルトレキソンは個人輸入で入手でき、入手は比較的簡単である。
使用をする場合には、ナルトレキソンの知識を持ち、個人輸入の薬の服薬の責任を持っつてもよいという奇特な医師を探し出すなどして服薬するしかない。
従って、入手が簡単だといっても、実際に使えるわけではない。