井出草平の研究ノート

買い物依存症

ナンシー・ペトリーのレビューから買い物依存症について。

www.ncbi.nlm.nih.gov

強迫的買い物障害(CBD: Compulsive Buying Disorder)、買い物嗜癖(Shopping Addiction)などという用語も使われる。強迫的買い物障害(CBD)がおそらく適当な用語法であろう。ナンシー・ペトリーのレビューでもCBDという用語で説明されているが、日本での使用例に従って、買い物依存症と翻訳する。

買い物依存症DSM-5、ICD-11共に採録されていない。今のところ研究者が提案している概念に留まる。

買い物依存症は、必要のないものを買いたいという抵抗しがたい衝動を指す。過剰な買い物の無意味さとその有害な結果について理解したとしても、買い物は防ぐことはできない。

買い物依存症の併存症について。DSM-IVのI軸障害の生涯有病率の併存率は89.5%だと報告されている(Mueller et al. 2010)。生涯診断で最も多かったのは、いずれかの気分障害(95%)(McElroy et al. 1994)、不安障害(80%)(McElroy et al. 1994)、大うつ病性障害(62.6%)(Mueller et al. 2010)、いずれかのパーソナリティ障害(62.6%)(McElroy et al. 1994)、衝動制御障害(40%)(McElroy et al. 1994)、摂食障害(35%)(McElroy et al. 1994)、物質使用障害(30%)(Schlosser et al. 1994)、強迫性障害(18.7%)(Mueller et al. 2010)、心的外傷後ストレス障害(13.5%)(Mueller et al. 2010)、社会不安障害(9.1%)(Black et al. 1998)、双極性障害(4.7%)(Mueller et al. 2010)と続く。

  • Mueller A, Mitchell JE, Black DW, Crosby RD, Berg K, de Zwaan M. Latent profile analysis and comorbidity in a sample of individuals with compulsive buying disorder. Psychiatry Res (2010) 178(2):348–53.10.1016/j.psychres.2010.04.021 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20471099

  • McElroy SL, Keck PE, Jr, Pope HG, Jr, Smith JM, Strakowski SM. Compulsive buying: a report of 20 cases. J Clin Psychiatry (1994) 55(6):242–8. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/8071278

  • Schlosser S, Black DW, Repertinger S, Freet D. Compulsive buying: demography, phenomenology, and comorbidity in 46 subjects. Gen Hosp Psychiatry (1994) 16(3):205–12.10.1016/0163-8343(94)90103-1 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/8063088

  • Black DW, Repertinger S, Gaffney GR, Gabel J. Family history and psychiatric comorbidity in persons with compulsive buying: preliminary findings. Am J Psychiatry (1998) 155(7):960–3.10.1176/ajp.155.7.960 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9659864

買い物依存症といくつかの衝動制御障害、行動嗜癖摂食障害との関係は「双方向性」であるため、病的なギャンブル依存症(Grant et al. 2003)、運動依存症(Lejoyeux et al. 2008)、双食性障害、むちゃ食い障害(過食性障害)、拒食症、または病的な肥満(Lejoyeux et al. 2008、Schmidt et al. 2012)を持つ人は、買い物依存症の割合が高いと思われる。

インターネットで買い物をする人を対象とした最近の研究では、買い物依存症、不安傾向、強迫性障害の症状との間に関連性があると報告されている(Weinstein et al. 2015)

  • Weinstein A, Mezig H, Mizrachi S, Lejoyeux M. A study investigating the association between compulsive buying with measures of anxiety and obsessive-compulsive behavior among Internet shoppers. Compr Psychiatry (2015) 57:46–50.10.1016/j.comppsych.2014.11.003 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25465653

買い物依存症とため込み(Hoarding)との間には関係があると思われる。臨床サンプルを分析した研究では買い物依存症のうち62%はため込みが見られ(Mueller et al. 2007)、強迫性障害でため込みが無い人に比べある人は買い物依存症が有意に多かった(Torres et al. 2012)。

  • Mueller A, Mueller U, Albert P, Mertens C, Silbermann A, Mitchell JE, et al. Hoarding in a compulsive buying sample. Behav Res Ther (2007) 45(11):2754–63.10.1016/j.brat.2007.07.012 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17868641

  • Torres AR, Fontenelle LF, Ferrão YA, do Rosário MC, Torresan RC, Miguel EC, et al. Clinical features of obsessive-compulsive disorder with hoarding symptoms: a multicenter study. J Psychiatr Res (2012) 46(6):724–32.10.1016/j.jpsychires.2012.03.005 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22464941

雑感

買い物依存症は女性が多いと考えられている。例えば、Mueller et al. (2010)では、93%が女性であった。摂食障害との関連があったり、パーソナリティ障害との関連があることからも明白である。買い物依存症精神障害の診断として確立するかは微妙なところだが、買い物への強迫的行動がある人が存在するのは確かだろう。ある程度、お金が自由にならないと現象が起きないため、発症年齢は成人以降になることが多いはずである。

クレジットカードが買い物依存症の原因になるという認識が一般的にあると思うが、他の精神障害との併存がみられることから、クレジットカードは手段に過ぎないと考えられる。研究はそれほどないようだが、遺伝的要因が関係しており、生得的要因が大きいだろう。ゲーム障害でゲームが問題だと批判される構図と、クレジットカードが問題だと批判される構図はおそらく似ているはずである。

歴史的にはエイブラハム・リンカーンの妻、メアリー・トッド・リンカーンの例が有名だろう。メアリーは、ショッピングに夢中になり、クレジットで多額の紙幣を使い果たし、かつ、隠しており、あまりの出費に抑うつ的な反応を示したとされている。メアリーの強迫的な買い物と膨大な借金は、1864年リンカーンの再選の懸念の一つだったと言われている。

この本の p.305, pp.401-2, 681-2に該当の記述があるようだ。

メアリーには手袋のため込みがあったようだ。また、食事以外では手袋を常に着用していたようで、おそらく強迫性障害(不潔恐怖?)であったと推測できる。

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