井出草平の研究ノート

ゲームをしすぎると自殺につながるのか

2021年1月に話題になっていたらしいのだが、気づかずに流してしまっていた。

togetter.com

こと発端は葛飾区が「自殺対策予算」で久里浜医療センターの人を読んで「ゲーム障害」の講演をしていたというものだ。自殺とゲーム障害が関連するなら、その予算の使い方もアリだが、そもそも関連しているの?という疑問があるわけだ。

葛飾区は動画を期間限定で公開していたようなのだが、気づいたのが遅すぎたので、当然みれなかった。ところが、この件について問題を感じた栗下善行議員が書き起こしをしてくれていたので、内容をしることができた(栗下議員ありがとうございます)。

ameblo.jp

自殺に関する講演内容

講演会の名前は「自殺対策講演会「ゲーム依存症をもっと知りましょう」」というものだったらしい。自殺とゲームが関連付けられていることが確認できる。

講師は独立行政法人 国立病院機構久里浜医療センターの三原聡子さんである。樋口進さんとの共著が多数ある心理師の方である。内容は久里浜関連の話をや本などを読んだ方にはおなじみの展開である。

自殺の話は中盤から後半にかけて出てくる。

本日の講義、自殺の対策ということなんですけれども、インターネット依存と自殺との関連は非常にたくさん論文が出ています。自殺との関連が非常に高いですね。中国の研究ではネット依存の方の30%近くの方が自数を考えたことがあるような研究があったりしますし、韓国の研究でも自殺のリスクが高いとかという研究があります。

この箇所だけゲームの話ではなく「インターネット依存」という言葉が使われているのである。ゲーム依存、ゲーム障害という言葉が今まで使われてきて、そして、この講演会は「自殺対策講演会「ゲーム依存症をもっと知りましょう」」だったのに「インターネット依存」なのである。

しかし、考えてみれば、ゲーム障害と自殺が関連しているという論文は読んだことがないし、そんなエビデンスがないからインターネット依存に話をすり替えたのでは? と思って調べてみた。

自殺とゲーム障害の関連を指摘している論文

結論から言うと「ゼロ」である。 ただ、言及している論文は2つあったので、どういう形の言及なのか見てみよう。

インドの論文

www.ijcmph.com

- Savanthe, Aruna Marati, and Cynthia Subhaprada Savolu. 2019. “Internet Gaming Disorder: A Public Health Concern.” https://pesquisa.bvsalud.org/portal/resource/pt/sea-201495.

インターネットゲーム障害は、自殺を誘発するほどの有害な影響を青少年に与えることから、世界的に公衆衛生上の問題となっている。
Internet gaming disorder is the public health concern globally due to its detrimental effects on the youth to an extreme of provoking them to suicide.

要旨の始まりがこのような下りから始まるため、エビデンスがあるのかと期待したのだが、自殺があったという「報道」があっただけのようだ。

ブルーホエール、未知の戦場で戦うPUBGなどのゲームに夢中になっている若者の自殺や精神障害が増加しているという最新のニュースがあり、現状では、この問題に対するスクリーニングとタイムリーな対応が必要である。
With the latest news of increasing suicides and psychological disturbances in youth addicted to Blue Whale and “Players unknown battle ground PUBG games etc., present situation is warranting for screening and timely action on this issue.

念のために述べておくと、ゲームをしている子どもや青年の中で自殺をする人も出てくるのはおかしな話ではない。その年代の子どもであればゲームをやっている確率は高いので、その中から自殺者が出たとしても、それはゲームではなく、他の何かの要因によるものだろうという推測が成り立つ。

この論文は冒頭で自殺で煽っておきながら、本文ではこの1箇所しか自殺の話が出てこない。

アメリカの寮に住む大学生を対象とした論文

こちらは2021年のアメリカの論文。最近書かれたものである。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

  • Ohayon, Maurice M., and Laura Roberts. 2021. “Internet Gaming Disorder and Comorbidities among Campus-Dwelling U.S. University Students.” Psychiatry Research 302 (August): 114043.

二変量解析では、インターネットゲーム障害の学生は、そうではない学生に比べて、希死念慮(16.9% vs. 6.6%)、自殺未遂(9.7% vs. 3.3%)、大うつ病性障害(9.7% vs. 3.0%)、社会不安障害(24.8% vs. 8.5%)の割合が高かった。多変量解析では、インターネットゲーム障害は、非回復性睡眠、過度の疲労、親しい友人の少なさ、抑うつ気分、双極性障害社会不安障害、健康状態の悪さ〜良さを予測した。
In bivariate analyses, IGD students had a greater proportion of suicidal thoughts (16.9% vs. 6.6%), suicide attempts (9.7% vs. 3.3%), major depressive disorder (9.7% vs. 3.0%), and social anxiety disorder (24.8% vs. 8.5%) than the no-IGD group. In multivariate analyses, IGD predicted non-restorative sleep, excessive fatigue, less close friends, depressive mood, bipolar disorder, social anxiety disorder, and a poor to fair health status.

つまり以下のような結果だったということだ。

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自殺であったり、自殺企図・希死念慮といったものはうつ病と関連が高い。
二変量自殺とゲーム障害が関連しているようにみえる。しかし、うつ病という変数を付け加えると、うつ病が自殺や自殺企図を説明し、ゲーム障害とうつ病との相関は残るという形になる。要するに、ゲーム障害とうつ病自殺はみせかけの相関なのである。

この論文の結果からも、ゲーム障害と自殺の関係はなく、自殺の本丸はうつ病であることが示唆されている。

結論

ゲーム障害(依存)と自殺を結びつけるエビデンスはやはり存在しなかった。
エビデンスがないのに「ある」と言ってしまうのは、さすがに久里浜的にもアウトだったのか、「インターネット依存」に話をすり替えて三原さんは話をしていた。
とはいえ、インターネット依存の話も時々織り交ぜているので、聞いている方は「ゲームをしすぎると自殺するかも」という印象を持ったのではないかと思われる。
自殺に関連があるのはうつ病であることがゲーム障害の文献からも指摘がある。
自殺対策予算を自殺に関連しないゲーム障害の講演に使うのは、目的外使用であるのは言うまでもないが、誤った情報を拡散するのに葛飾区が一役買っているのだから、有害でもあると言えるだろう。