この規制案の論点は「SNS使用の禁止」にあるのではなく、EUのデジタルサービス法(Digital Services Act, DSA)を超える規制をデンマークが独自で試みようとしているところにある。
法的根拠
全国的な年齢制限(national aldersgrænse)
デンマーク政府(デジタル化省=Digitaliseringsministeriet)は2025年10月7日に、「子どもと若者は15歳になるまではSNS(TikTok・Snapchatなど)に基本的にアクセスできないようにする。13歳・14歳については保護者の同意がある場合のみ許す」という全国的な年齢制限の導入方針を公式に打ち出している。政府はこれを「子どものデジタルな生活と心身の健康を守るため」と説明しており、「SNSが子どもたちの幼少期を奪っている」「子ども・若者の不安やうつ、集中力や読解力への悪影響が深刻になっている」と明言している。
EUデジタルサービス法(DSA)と年齢確認
問題は「デンマークが、民間の巨大SNS企業にどこまで国内ルールを強制できるか」である。ここでデンマーク政府が拠り所にしているのがEUのデジタルサービス法(Digital Services Act, DSA)。
DSA第28条は、プラットフォーム事業者に「未成年者に対して高いレベルのプライバシー、安全、安心を確保する」義務を課すとともに、未成年ユーザー保護のための年齢確認(age assurance / aldersverifikation)など、適切で比例的な措置を講じることを求めている。
https://www.ft.dk/samling/20241/almdel/DIU/bilag/116/3037877/index.htm
欧州委員会は2025年7月22日にDSA第28条に関する詳細ガイドライン(未成年者保護に関する指針)を公表し、SNSなどのオンラインプラットフォーム側は、各加盟国が定める年齢制限を尊重し、それを実際に執行するための年齢確認手段を整えるべきだ、と明確化した、とデンマークの法律事務所等は整理している。この指針は「年齢確認はプライバシーを侵害しすぎない形(データ最小化、プライバシー・バイ・デザイン)で行うべき」「国が定めた年齢ラインを守らせることが可能」という方向を示している、と解釈されている。
つまり政府は、EUレベルで「未成年保護のための年齢制限+年齢確認」が許容・要求される方向が固まってきたことを根拠に、「デンマークとして”15歳未満のSNS禁止”という全国的な年齢ラインを設定し、それをプラットフォームに守らせる」というロジックを打ち出している。
すでにデンマーク国内で引き上げ済みの「データ同意年齢」
デンマークは2024年1月1日から、「子ども本人が自分の個人データの処理(=SNS等でのデータ収集を含む)に同意できる年齢」を15歳に引き上げている。これはGDPR(一般データ保護規則)第8条が各国に認めている「子どもが自分で同意できる年齢の上限(最大16歳まで可)」の裁量を用いたものである。政府の子どもオンライン保護政策文書では、この引き上げはすでに施行済みの措置として整理されている。
このGDPRベースの「同意年齢15歳」と、これから導入を目指す「SNSアカウント作成は原則15歳から」というアクセス年齢の線引きをセットにして、より強い保護体制をつくる、というのが現在の基本線である。
実施状況
「15歳未満SNS禁止+13・14歳は親の同意」という“骨子”は首相・デジタル化相レベルで明確に宣言済みである。ただし実際の国内法(罰則・執行機関・年齢確認手段など)はこれから具体化・国会審議の状態である。
その際の法的なよりどころとして、GDPR第8条に基づく同意年齢15歳化(すでに施行)と、DSA第28条+欧州委ガイドラインによる「未成年保護のための年齢制限と年齢確認は正当である」というEU側の整理を使う、という段階である。
現時点では「提案段階」であり、まだ成立済みの法律ではない。デンマーク政府は10月7日の発表で「全国的な年齢制限を導入する」という政治的コミットメントを示したが、どのSNSが対象になるのか、違反時にどう取り締まるのか、年齢確認を誰がどうやって担保するのか、といった実務設計は「これから詰める」とされている。政府自身が「どのプラットフォームが禁止対象になるか、いつから実施するかはまだ不明確だ」と説明している。
デンマーク政府側は、すでに国会(フォルケティング)に対して「子どものオンライン保護を強化する国内法の余地はEU法(DSAなど)の“完全調和”の原則によって非常に限られている」という答弁を2025年春に出している。DSAは基本的にEU全域でルールを統一する法律なので、加盟国が独自でより厳しいルールを一方的に課すのは原則できない、と政府は当時説明していた。
https://www.ft.dk/samling/20241/almdel/DIU/bilag/116/3037877/index.htm
ただしその同じ国会向け説明書類では、「デンマーク政府は欧州委員会と継続的に協議しており、年齢確認(aldersverifikation)などの手段、そして子どもに有害な機能やコンテンツをどう規制するかを引き続き検討している」と明記されている。
10月7日の発表では、この流れを受けて「①スマホやSNSデビュー年齢を引き上げる、②子ども向けデジタル製品を“安全設計”にする、③デジタルな性被害・いじめなどを減らす、④既存法の執行を強化する、⑤EUレベルでもデンマークが主導していく」という5つの目標を国家目標として掲げている。これは単発のスピーチではなく、政府としての包括的な政策パッケージとして提示されている。
デンマーク国内でのSNS使用・スクリーンタイムに関する世論調査・実態調査
SNS・スマホの開始年齢は非常に低い
デンマークの子どもが自分のスマートフォンを初めて持つ平均年齢は約8.26歳まで下がっている(13~17歳の子どもへの大規模調査および保護者調査に基づく政府資料)。18~25歳世代が初スマホを得た平均年齢は約11.21歳だったので、世代を追うごとに低年齢化している。
https://www.digmin.dk/Media/638868814186165166/Vidensnotat.pdf
デンマークでは、子どもが10歳になる頃には「ほぼ半数」がすでに少なくとも1つのSNSプロフィール(アカウント)を持っていると報告されている。
中学1年相当(7年生=だいたい13歳)では94%がSNSのプロフィールを持っている、と子ども支援NGO「Børns Vilkår」等の調査を政府が引用している。
これは、主要SNSが形式上は「13歳未満禁止」としているにもかかわらず、実態としては10歳前後からSNS使用が常態化している、という状況を意味する。政府はここを「異常に早いデジタル・デビュー」と位置づけ、「本来は13歳以上と言っているはずのサービスに10歳前後から入っている」というギャップを問題視しているのである。
若者の認識
10~20代前半の若年層を対象にした調査では、1日あたりSNSに費やす時間は14~15歳の女子で4時間台に達するなど、ティーンでピークに近い水準になると報告されている。また、「自分はデジタルメディアを使いすぎていると思う」と答える若者が64%にのぼる、と政府資料はまとめている。 https://www.digmin.dk/Media/638954161947353382/Publikation%20-%20En%20tryg%20barndom%20i%20en%20digital%20virkelighed.pdf
政府はこれを「睡眠不足・運動不足・ストレス負荷・常時オンライン化によるメンタル不調(不安・抑うつなど)」と結び付け、SNS時間の多さが10代の幸福感・集中力・読解力に悪影響を与えていると国会演説や政策文書の中で主張している。
保護者の不安
13~17歳の子どもを持つ保護者のうち、約4分の1(24%)は「自分は子どもが画面で何をしているかを十分に把握できていない」と答えている。一方、子ども側に「親はどれくらい自分のオンライン活動を知っていると思う?」と聞くと、13~17歳の39%が「親はほとんど知らない/少ししか知らない」と答えている。 https://www.digmin.dk/Media/638868814186165166/Vidensnotat.pdf
また、保護者の約2/3(66%)は「子どものデジタルな生活について子どもと話すのは比較的やりやすい」と言う一方で、44%は「子どもがSNSやオンラインゲーム上で誰と接触しているのか把握するのが難しい」と感じている、という報告がある。 https://www.digmin.dk/Media/638868814186165166/Vidensnotat.pdf
この「親も完全には見守れていない」「子ども自身も使いすぎだと自覚している」というデータは、政府が“単に個々の親に努力を求めても限界であり、国としてルールと枠組みを引くべきだ”と訴える根拠になっている。
世論・支持状況
直接この「15歳未満禁止」そのものへの賛否を測った全国世論調査は存在しない。
「スクリーン規制」への運気
Voxmeter(デンマークの世論調査会社)が2025年10月初旬に公表したデータでは、「公共空間に“スクリーン・フリーゾーン”(画面のない空間)を設けるのは良い考えだ」と答えたデンマーク人が60%に達し、反対は15%にとどまると報告されている。この調査は「子どものメンタル不調やスクリーン依存」をめぐる国民的な不安が高まっているという文脈で紹介されている。
また、政府の政策パッケージ自体は、政府だけでなく「子どもの権利団体(例:Børns Vilkår、Red Barnet=セーブ・ザ・チルドレン系)、若者団体、自治体団体(KL=地方自治体協会)、教師・学校関係者などが参加する“子どもと若者の安全なデジタル生活のためのアライアンス(Alliancen for et trygt og godt digitalt børne- og ungeliv)”」と連携して策定されたとされている。
https://www.digmin.dk/Media/638868814186165166/Vidensnotat.pdf
DSAはEU全域での“完全調和”法
EU法には大きく2パターンある。
最低ラインだけ決める型(minimum harmonisation)
EUは最低基準だけ示し、加盟国はそれより“厳しいほうに”上乗せできる。たとえば消費者保護の一部指令などはこれ。
完全調和(full / maximum harmonisation)型
EUがこの分野はEUレベルで全部ルール設計します。各国は勝手に追加・強化した独自義務をプラットフォームに課してはいせない。これを“gold-plating禁止”(上乗せ禁止)と言うことがある。
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/qanda_20_2348 https://en.wikipedia.org/wiki/Maximum_harmonisation
欧州委員会はDSAについて明確に「DSAは完全調和の文書だ」と説明している。
理由はシンプルでTikTokやInstagramやXのようなサービスは国境をほぼ無視して動くためである。もし国ごとに別ルールが乱立すると、プラットフォームは27通りの法規制に合わせて別運用しなければならない=「デジタル単一市場(Digital Single Market)」が分裂する。
DSAは“プラットフォームに何をさせるべきか(違法コンテンツへの対応、リスク評価、未成年保護、透明性報告など)”をEUが詳細に決めており、そこはEUが主役で各国は補助役、という構図になっている。 https://www.eu-digital-services-act.com/
「まったく別の目的」の国内法ならOK
欧州委員会の立場として、「DSAが扱っているのは“オンライン仲介サービスの安全・透明性”という目的であって、もし加盟国が別の公益目的(例:公共の健康政策や青少年保護の年齢制限など)を掲げ、DSAとは違う対象・違うメカニズムでルールを作るなら、それは即座に違法とは言い切れない」という整理も示されている。 https://www.brinkhof.com/wp-content/uploads/2024/11/weekend_edition_198.pdf
争点
EU側(欧州委員会など)は「DSAは完全調和であるから、加盟国がプラットフォームに追加の義務を課すのは原則NG」と再三強調してきた。もしデンマークの“15歳未満はSNSアカウント禁止”が、結果的に「プラットフォームに、国ごと固有の年齢フィルター実装義務」を負わせる形になるなら、それは“追加義務”となるため、法的な争点になり得る。